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ピタゴラス(前580ころー前500ころ)

ピタゴラス(前580ころー前500ころ)「直角3角形の、ななめの線を1辺にしてつくった正方形の面積は、ほかの辺をそれぞれ1辺にしてつくった、ふたつの正方形の面積をたしたものにひとしい」

これを、数学の「三平方の定理」といいます。また、発見者の名まえをとって「ピタゴラスの定理」ともよばれています。

この定理で名高い古代ギリシアの数学者ピタゴラスは、紀元前580年ころ、エーゲ海に浮かぶサモス島に生まれました。ピタゴラスは子どものころから勉強が大すきで、やがてりっぱな学者になりました。

前530年ころ、南イタリアのクロトンに移住しました。そして、宗教と科学を学ぶピタゴラス教団をつくり、規律正しい生活のなかで、すばらしい考えをまとめていきました。

「ものの根本は数だ。自然も社会も、すべて数によってつりあいがとれ、ちつじょがたもたれている」

ピタゴラスも弟子たちも、このように考えていました。そこで、ものごとの真理を追究する学問として数学を学び、数のなりたちや数と数との関係をさぐりつづけました。

発見されたのは「三平方の定理」だけではありません。3角形の内角の和は180度になることや、数は奇数と偶数にわけられることなど、面積・角度・線・数のさまざまな法則を明らかにして、こんにちの数学のきそをきずきました。

「音楽の音の高さも、数できまっているにちがいない」

ピタゴラスは、人間の魂を清めるものとして音楽を愛し、その音の高さも数学で研究しました。そして、楽器の同じ太さの弦の長さを半分にすると音は1オクターブ高くなることなど、音楽もやはり数とふかい関係があることを発見しました。

このほか、教団では天文学も研究して、地球は自分で回転しながらほかの天体のまわりを回っていることを、すでに考えた人もいたということです。

クロトンの町の教団は、のちには、上流社会の人だけが支配する貴族主義の政治にさんせいするようになったため、それに反対する人びととあらそうことになり、ピタゴラスはとなりの町のメタポンチオンにのがれて、その地で亡くなりました。

ピタゴラスは、自分の考えや研究の成果を、教団のそとにはなにひとつ発表しませんでした。しかし、のちにギリシアへ帰ったおおくの弟子たちによって広く伝えられるようになり、ソクラテスやプラトンなど古代ギリシアの哲学者たちに、大きなえいきょうを与えました。


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