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プラトン(前427−前347)と
 アリストテレス(前384−前322)

プラトン(前427−前347)と  アリストテレス(前384−前322)ギリシアでは、すでに紀元前776年から、ゼウス神の祭りとして古代オリンピックが開かれていました。また、同じころから、芸術や科学や哲学がさかえはじめていました。

プラトンも,アリストテレスも,この古代ギリシアが生んだ大哲学者です。

プラトンは、紀元前427年に貴族の子として生まれ、おさないときから、文字のほかに詩や絵や音楽などを学びました。ゆたかな教養を身につけて政治家になるのが夢でした。

ところが、20歳のころ偉大な哲学者ソクラテスにめぐりあって哲学を学ぶようになり、やがて10年ののちに、ソクラテスが無知な政治家たちにさばかれて死刑になるのを目のまえに見てからは、政治家になる夢をすててしまいました。正しいことがおこなわれない政治に疑問をもち、政治家になるよりも、人間のほんとうの生きかたを考える哲学を学ぶほうがたいせつだ、と信じるようになったからです。

そのごのプラトンは、アカデメイアとよばれた学校を建てて、真理の探求と若い人たちの教育に生涯をささげました。また、『ソクラテスの弁明』など、尊敬していたソクラテスの教えを数おおく書き残しました。

アリストテレスは、プラトンよりも43年あとの紀元前384年に医者の子として生まれ、早くから、学問の道にすすむことを心にきめていました。

17歳のとき、アリストテレスはプラトンのアカデメイアに入りました。そして、はじめは弟子として、のちには協力者としてプラトンに代わって生徒たちを教えながら、20年間をここですごしました。

先生のプラトンが死んでからは、おさなかったアレクサンドロス大王の家庭教師をつとめたのち、自分でもリケイオンとよばれた学校をつくって弟子たちとさまざまなことを学び、「すべての学問の父」とたたえられるほどになりました。

ソクラテスがいなければ哲学者プラトンは生まれず、プラトンがいなければ、学問の父アリストテレスはあらわれなかったかもしれません。

「人間は、ものごとをよく知ることを愛し、世の中のほんとうのことをとらえて、生きていかなければならない」
これが、古代ギリシアの哲学者たちが、いちばんたいせつにしたことでした。プラトンやアリストテレスが教えた真理は、2000年を越えたいまも、かわりがありません。


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