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張騫(?−前114)

張騫(?−前114)前漢の時代に、皇帝特使として中央アジアにある西トルキスタンの大月氏国まで旅行した張騫は、それまでに知られていなかった西方の国ぐにのようすを、くわしく中国につたえました。そして、シルク・ロードが開通するきっかけをつくりました。

紀元前141年、漢の第7代皇帝となった武帝は、まず、匈奴という敵をたたきつぶそうと考えました。匈奴は、モンゴル系の強い騎馬民族です。中国の北方から万里の長城をこえて攻めこんできたり、西の甘粛地方にいた遊牧民族の月氏を追いはらったりして、勢いをふるっていました。武帝は、追われた月氏も匈奴をにくんでいることを聞き、その月氏と手を組んで匈奴をはさみうちにすること計画をたてました。そこで、月氏への使者にえらばれたのが張騫です。張騫は陝西省出身の役人で、体つきのがっしりした、うでっぷしの強そうな男でした。西域のかなたにある大月氏国へいくには、どうしても匈奴の領地をつきぬけていかなければなりません。いのちがけのぼうけんです。

紀元前138年、武帝の命をうけた張騫は、100人ほどの使節隊員をひきつれて西へ出発しました。しかし、甘粛地方にはいったとたん、匈奴の兵につかまってしまいました。匈奴の王は、漢が月氏と手を組もうとしているのをみぬいていましたので、張騫たちをほりょとして領内にとどめました。張騫は、妻をあたえられ、子どもまでできましたが、武帝の命令はわすれませんでした。にげだすチャンスをうかがいながら、10年をすごし、そしてついにいく人かの部下をつれて脱出しました。騎馬兵に追われ、ひっしで馬をとばしました。西へ、西へ、なん十日も走りつづけて、ようやく、大宛という国へのがれました。

大宛の王は、張騫たちをかんげいし、康居国をへて大月氏国へおくってくれました。ところが月氏は、国がゆたかに栄えていましたから、もう、匈奴と戦うことなど考えなくなっていたのです。苦労してやってきた張騫は、使命をはたせず、がっかりしました。そのかわり、西方の国ぐにの生活ぶりなどを、くわしく見聞きして帰りました。

紀元前126年、匈奴人の妻と部下一人をつれた張騫が、13年ぶりに漢の都へもどってきました。もう帰るまいとあきらめていた武帝は、張騫の報告を聞いておどろきました。張騫は、中国と貿易をしたがっている中央アジアや西アジアの国ぐにと、まじわるべきであると進言しました。武帝はそれをうけいれ、張騫を西方への道をひらく役につかせました。こうして漢の国は、東西貿易に力をそそぐことになりました。


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