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クレオパトラ(前69−前30)

クレオパトラ(前69−前30)エジプトの女王クレオパトラは、その美しさで世界の人びとに知られていますが、外国語にもくわしい、教養のある女性でした。プトレマイオス王家をまもるために、ローマの武将とかかわり、最後には、自殺をするというめまぐるしい人生を送りました。

クレオパトラは、プトレマイオス12世の王女として生まれ、父がなくなった17歳のとき、弟とともに王位をつぎました。王家のしきたりにより弟プトレマイオス13世と結婚し、いっしょに国をおさめることになったのです。でも、二人はなかたがいをし、クレオパトラは弟に宮廷を追い出されてしまいました。クレオパトラが20歳の年、ローマ軍をひきいたシーザーが、エジプトへやってきました。クレオパトラはシーザーの力をかりて、弟の軍をやぶり、王位をとりもどしました。

クレオパトラとシーザーは愛しあい、男の子をもうけました。クレオパトラ親子は、ローマで2年ちかく住みましたが、シーザーが暗殺されてしまったので、エジプトへ帰ってきました。

シーザーが死んだのち、ローマで権力者になったアントニウスは、資金をえようとしてエジプトの財産に目をつけてクレオパトラに近づきました。クレオパトラも、王家を建てなおそうと考えていましたので、アントニウスと手をむすびました。そして、エジプトにとどまったアントニウスは、クレオパトラと結婚しました。ローマのもう一人の権力者オクタウィアヌスは、シーザーの養子で、アントニウスに捨てられた妻の弟です。アントニウスのふるまいに腹をたてたオクタウィアヌスは、ローマ軍をひきいて、戦いをいどみました。紀元前31年、オクタウィアヌスの艦隊は、アクチウムの海戦で、クレオパトラとアントニウスの艦隊をうちやぶりました。

クレオパトラとアントニウスは、エジプトの都アレクサンドリアに逃げもどりました。それを追ってオクタウィアヌス軍はアレクサンドリアに攻めこみ、都を占領して、城をとりかこみました。もうこれまでと、アントニウスは自殺してしまいます。追いつめられたクレオパトラは、オクタウィアヌスをゆうわくしようとしたり、エジプトとローマは、兄弟国としてまじわるべきであると説いたり、いろいろないいつたえがあります。しかし、オクタウィアヌスは、女王クレオパトラにたいしてつめたかったようです。クレオパトラは、毒ヘビに胸をかませて自殺しました。300年つづいたプトレマイオス王朝はほろび、エジプトはローマに支配されました。


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