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アッチラ(406ころー453)

アッチラ(406ころー453)4世紀のころ、中央アジアの大草原を自由に移動して遊牧生活をしていた一族がありました。トルコ系の遊牧民を主力とするフン族です。かれらは、がっしりした体つきと、あらあらしい性格を持ち、戦いをおこしては他の部族を征服して勢力をましていきました。弓矢とやりに、たくみな馬術をおりまぜたフン族の戦いは、むかうところ敵なしです。ついに375年、東ゴートをやぶって、ボルガ川とドン川の下流に住みつきました。とうとう、ヨーロッパに進出してきたのです。圧迫された西ゴート族は、ドナウ川の南にひなんしましたが、これが、ゲルマン民族大移動のきっかけとなりました。

このフン族に、5世紀中ごろ、とびきり戦争じょうずな王が登場しました。アッチラです。大きな顔に低い鼻、ひっこんだ目をした色黒の小男です。ところが、ひとたび戦争となると、その目は光り、頭はめまぐるしく回転し、恐れを知らぬ大胆さで先頭に立って敵にむかっていったのです。軍をひきいるアッチラの右手には、いつも古い剣がにぎられていました。

「この剣は、神からさずけられたものだ」

このアッチラのことばを疑うものはいません。そればかりかアッチラ自身も王位は神からさずかったと信じるほどでした。

434年に、王になったとき、アッチラは兄のブレダと王位をわけていましたが、やがて兄を殺して完全にフン族をにぎる独裁者となりました。勇かんな戦闘とねばり強いとりひきで、つぎつぎと勢力をひろげ、ライン川からカスピ海におよぶ大帝国をつくったのです。

441年、東ローマ帝国に対して、大がかりな攻撃を開始したアッチラは、446年にはテオドシウス2世をこうさんさせ、東ヨーロッパの支配者となりました。

めざすは西ヨーロッパをにぎっている西ローマ帝国です。451年、ライン川を越え、大軍をひきいたアッチラは、オルレアンまでせめこみました。西ローマ帝国も強い同盟軍を編成し、両軍はセーヌ川のほとりで、はげしく戦いました。

苦戦のすえ、おおくの死者をだしたアッチラの軍は、とうとう退却しました。無敵だったアッチラにとって、初めての敗北です。西ヨーロッパ征服に、あくなき執念をもやしたアッチラでしたが、453年その夢をはたすことなく急死してしまいます。

アッチラの死とともに、大帝国もくずれ去りました。

しかし、フン族とアッチラの強さについては、西ヨーロッパで、のちのちまで語りつがれ、文学にも残されています。


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