オンラインブック せかい伝記図書館 巻末小伝
(3)

李白(701−762)と杜甫(712−770)

李白(701−762)と杜甫(712−770)中国の唐時代は、詩の黄金時代といわれます。おおくの詩人が、詩作をきそいました。なかでも、李白と杜甫は、この時代を代表する大詩人です。

李白は、西域で生まれましたが、幼いときに商人の父につれられて、四川省にうつり住みました。5歳ころから本を読み始め、15歳でりっぱな詩を書いたといわれています。青年時代は、岷山にこもり野鳥などをあいてにのんびり暮らしていましたが、24歳のとき、さすらいの旅にでました。仙人にあこがれ、友と酒をくみかわし、詩をよみながらの気ままな旅です。

李白が41歳のとき、玄宗皇帝に召されて宮廷詩人となり、玄宗や楊貴妃をうたったすばらしい詩をたくさん書きました。でも気ままな性格なので、まわりの役人たちにきらわれ、とうとう3年たらずで追いだされてしまいました。そのご、洛陽にいき、杜甫とめぐりあいます。李白43歳、杜甫32歳のときです。初対面の二人は、たちまち息があい、旅をしたり、詩作をきそいあったりしました。わずかなつきあいでしたが、分かれたのちも、詩を書きおくり、友情をあたためつづけました。

晩年の李白は、政治のいさかいにまきこまれて流刑にされるなど、つらいめにあいましたが、こよなく自然を愛し、酒をのみながら、心のおもむくままに自由な詩を書きのこしました。

「国破れて山河あり、城春にして草木深し……」という句ではじまる『春望』という有名な詩を作った杜甫は、洛陽の近くに生まれました。李白とおなじように少年のころから詩を作り、成人してからは各地を旅して歩きました。

23歳のとき、杜甫は位の高い役人になろうとして試験をうけましたが、失敗してしまいます。そして43歳になってようやく、兵器庫の番人として、役人に採用されたのです。

ところがちょうど、安禄山という将軍が反乱をおこし、杜甫はとらえられてしまいました。乱がおさまり、ふたたび役人にもどりましたが、正しい意見のとおらない、みだれきった政治にあいそをつかして職をなげすててしまいました。不公平な政治に苦しむ人びとのくやしさや、戦争のない平和を描くのが、自分の義務だと考えたのです。

それからの杜甫は、たえまなくおそいかかる貧困と闘いながら、詩作に情熱をもやしつづけました。

李白と杜甫の詩は、おもむきはちがっていましたが、どちらも唐詩の新しいかたちをうみだし、後の文学者にも大きな影響をあたえました。


もどる
すすむ