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ダンテ(1265−1321)

ダンテ(1265−1321)詩人ダンテは、ベアトリーチェという一人の女性を、心に秘めた恋人として一生愛しつづけました。

ダンテがベアトリーチェに初めて会ったのは、9歳のときです。祭りの日にまねかれた家で、美しい少女ベアトリーチェをみたとき、天使のように気高くて、この世の人とは思えないほどの清らかさに心をうたれました。少女はダンテと同じ年ごろでした。それから9年めの春、フィレンツェを流れる川のほとりで、二人はぐうぜん出会いました。ベアトリーチェは、なつかしそうににっこりして、気品に満ちたあいさつをしました。ダンテはすっかり心をうばわれてしまいます。その喜びにペンをはしらせ、詩にうたいあげました。

このときの詩は、のちに『新生』という詩集にまとめられました。『新生』は、ベアトリーチェにささげたソネット(14行で書かれた詩)の名編です。

川辺で会ったとき、すでに人妻であったベアトリーチェが、病魔におそわれ、24歳の若さで死んでしまいました。出会いの喜びではじまる『新生』も、深い悲しみで終わっています。

ベアトリーチェは、またダンテの代表作『神曲』にも、聖女として登場します。『神曲』は「地獄編」「煉獄編」「天国編」の3編にわかれ、100章1423行にもおよぶ長編叙事詩です。ダンテみずからが主人公となり、さまざまな苦しみにあったすえ、聖女ベアトリーチェに天国へみちびかれ、人間の幸福を知るという話です。ダンテは、これらの詩集のほかに『饗宴』という哲学書や『帝政論』という論文なども書きのこしました。

ダンテは、1265年に中部イタリアの都フィレンツェの貴族の家に生まれました。ラテン語学校をへて、有名なボローニャ大学にすすみ、文学、芸術、科学などを学びました。とくい古代ローマの詩人ベルギリウスの詩にひかれ、自分も詩作をはじめました。ソネットをたくさん書いたのも、このころです。

やがて、ダンテは役人になり、その後、市の代表委員の一人にえらばれて政治の世界にはいりました。そのころのヨーロッパは、都市を中心にした小さな国がいくつもあり国の内外に勢力をあらそっていました。政治家になったよく年、ダンテは反対勢力の人たちにおとしいれられてしまい、るすのあいだの欠席裁判で、永久追放の宣告をうけました。

フィレンツェを追われたダンテは、そのご20年近くも、イタリアの各地をさまよい歩きました。有名な『神曲』は苦しい放浪生活のなかから生まれた傑作です。


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