オンラインブック せかい伝記図書館 巻末小伝
(4)

グーテンベルク(1399ころー1468)

グーテンベルク(1399ころー1468)紙、活字、印刷機械などが発明されていなかった時代の人びとは、羊や子牛の皮を紙のようにしたものや、パピルスという植物から作った紙に似たものに、手で文字を1字1字書きうつして、本を作っていました。だから、たった1冊の本を作るのも、たいへんなことでした。

やがて、いま使われているような紙が作られるようになってからは、板に文字や絵を彫り、それにインクをつけて紙をのせ、上からおさえつけて印刷するという方法が考えだされました。しかし、新しい本を作るたびに、何十枚、何百枚の板に字を彫るのは、やはり、たいへんな仕事でした。

この印刷の方法に大きな発明を加えて、人類の文化の発展に輝かしい足あとを残したのが、ヨハネス・グーテンベルクです。

グーテンベルクは、1399年ころ、ドイツのマインツ市で生まれました。父は貴族でした。

「同じ字をくり返し彫るのはむだだ。1字1字の活字を作り、それを自由に並べて、何どでも使えるようにしたらどうだろう」

30歳をすぎたころから、印刷の研究をしていたグーテンベルクを発明にみちびいたのは、こんな思いつきからでした。

グーテンベルクは、むちゅうになって、木で活字を作りました。でも、木の活字は、すぐに、すりへってだめになってしまいます。そこで、つぎには、まず活字の鋳型を作り、その鋳型にとかした金属を流しこんで、金属の活字をなん本でも作りだすことを発明しました。さらに、ブドウの実をしぼる圧さく機から思いついて、活字にのせた紙を、手のかわりに機械の力でおしつける印刷機も完成しました。

「これで、たくさんの本が作れる。まず、みんながいちばんほしがっている聖書を印刷しよう」

グーテンベルクは、フストという商人からお金を借りて工場を建て『42行聖書』の印刷にとりかかりました。

ところが、聖書ができあがらないうちに、グーテンベルクは工場を追いだされてしまいました。借りたお金のかわりに、活字も印刷機も工場も、フストに取られてしまったのです。

グーテンベルクは、そののち、こんどは自分の力でもういちど印刷所を建てて『36行聖書』や『カトリコン』という辞書などを作り、1468年に亡くなりました。

グーテンベルクの印刷技術の発明により、貴族や金持ちしか買えなかった本が、一般の人でも持てるようになり、学問や文化の普及にたいへん役だちました。


もどる
すすむ