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王陽明(1472−1528)

王陽明(1472−1528)王陽明は、中国が明とよばれていたころの人です。そのころ儒学界知られていた朱子学に対して、陽明学という大きな流れを作った思想家です。

陽明は子どものころから、人間が大きく、広い心をもっていました。「試験に合格して、役人になるのが人のしあわせなのではなく、孔子や孟子のようになってこそ、初めてりっぱな人間といえるのだ」と言って塾の先生をたいへん驚かせたりしました。

何ごとも人と同じように、世間なみにという平凡な生活をきらい、さまざまな体験を求めました。そして人生に得るところがありそうだと思えるものは、さっそく実行に移します。仏教を学び、文学に熱中し、武道にも手をそめました。

18歳の年、朱子学の先生に出会い、けんめいに指導を受けました。しかし、その理論が、自分の考えとは大きく隔たっていることに失望してしまいます。

陽明は、成長して役人になりましたが、理想と現実のちがいに、悩みつづけました。自分の利益を考える人たちばかりで、民衆を無視した政治を行なっていました。陽明は、ゆたかな知識のある、すぐれた人物でしたので、おとなしくしていれば、出世はまちがいありませんでした。ところが、陽明にとって、目先の損得などどうでもよいことです。自分だけのことを考える人間ではありませんでした。みだれた政治家とは、きびしく対立して、いいかげんな行動をいっさい許しません。いままで政治を金もうけの道具にして、やりたい放題のことをしていた人たちを、次つぎに追及しました。ところが、すじ道を立てて政治を考えようとする人は、ほとんどいません。

陽明は、嫌われて、ついには山奥へ追放されてしまいました。文化の遅れた土地で、わずかな人がひっそりと田畑を耕して暮らしています。しかも、まったく知らないことばを使っていたので、自分の気持ちを伝えることもできません。陽明は、ただ一人でほら穴に住み、学問にはげみました。朝から晩まで本を読む生活です。

ある夜、目からうろこが落ちるように、人の生きるべき道をさとりました。新しい独自の考え方をまとめて、陽明学とよばれるようになりました。人は、教育や政治など外の経験によりどころを求めるのではなく、自分の内面をほり下げて、正しい心を発見し、それにしたがって行動するということを主張しています。おおくの人に影響を与え、文化を発展させました。


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