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モンテーニュ(1533-1592)

モンテーニュ(1533-1592)フランスの思想家、モンテーニュの『随想録』(エセー)は、哲学としても文学としてもすぐれた作品です。豊富な知識と、モンテーニュ自身の生活体験によって書かれたもので、人間の心をするどくみつめています。人間性と人間の生き方を探求したモラリストの文学として、近代の文芸や思想に、えいきょうをあたえました。

モンテーニュは、フランスのボルドーに近いモンテーニュ村に生まれました。商人から貴族になった家がらで、父はボルドーの市長をつとめた人です。モンテーニュの教育には、幼児期から力がそそがれ、難しいラテン語をわずか2歳ではじめたといわれます。6歳から13歳までギエンヌ学校に学び、そのごは父のような役人になるために、法律を勉強しました。1554年、21歳のモンテーニュは、ギエンヌの裁判所で官職についたのをはじめとして、38歳になるまでつとめをつづけました。

1569年にモンテーニュは、スペインのレーモン・スボンが書いた『自然神学』という本を、ほんやくして出版しました。この本は、人間生活の自然な心をとおして、神の存在を説きあかそうとするもので、モンテーニュの思想の土台になりました。

そしてモンテーニュは、自分自身をみつめ、世の中や人間を深く観察するようになっていきます。人間のおろかさや弱さをすなおにわきまえ、思いあがってきめつけることをせず、つねに物事を冷静に考えようとしました。

モンテーニュは、古めかしい考えがはばをきかす官職の生活に、いや気がさして、ふるさとへ帰っていきました。モンテーニュ村のやしきのなかに「世すて人の塔」を建てて、ひきこもりました。高さ13メートルほどの円筒形の建物です。下から順に礼拝堂、自分だけの寝室、書斎などがつくられ、書斎の窓からは、家族の住む家庭のようすがながめられます。役人をやめて著作生活にはいったモンテーニュは、この塔で10年ちかくも暮らしました。そしてめい想にふけりながら『随想録』を書きつづけ、1580年に2巻をまとめあげました。

『随想録』を出版したよく年の1581年に、モンテーニュはボルドーの市長にえらばれ、4年間つとめました、キリスト教の旧教徒と新教徒があらそいあって、世のなかがゆれうごいていた時代です。モンテーニュは,新教と旧教のあいだをうまくとりもって、ボルドー市の平和をたもつことに力をつくしました。市長をやめると、モンテーニュはふたたび文筆生活にもどり、1588年に『随想録』の第3巻を出版しました。


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