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(7)

ワット(1736−1819)

ワットの蒸気機関の発明は、イギリスの産業革命で、最大のできごとといわれます。

蒸気機関の原理は、古くから考えられていました。でも、実用的なものができはじめたのは、17世紀のすえごろからです。セーバリやニューコメンらによって作られた単純な装置で、鉱山の排水などに利用されていました。ワットは、ニューコメンの機械を細かく調べあげ、新しい蒸気機関を発明しました。ワットの20年にもおよぶ血のにじむような努力が、つみ重ねられた結果でした。

ジェームズ・ワットは、スコットランドのグリノックという港町に生まれました。父が船大工でしたので、ワットは仕事場にある道具でいろいろな模型をつくって遊んだり、父の仕事をてつだったりしながら育ちました。19歳のときロンドンにでて、機械屋ジョン・モーガンのところに弟子いりしました。手先の器用なワットは、モーガン親方の教える技術を、たちまち自分のものにしてしまい、1年ごにはグリノックへもどりました。

1757年、グラスゴー大学の教授たちの好意で、ワットは大学のなかに数学器具の店をひらくことになりました。ある時、ニューコメン機関の模型の修理をたのまれて、蒸気機関をてがけることになりました。

「これでは能率が悪い。石炭もたくさんいるし、蒸気もむだだ」

ニューコメンの機械が、あまりにも欠点のおおいことに気づいたワットは、改良しようと思いたちました。それからはもう、蒸気機関にむちゅうになり、昼も夜も、研究にあけくれました。

まず、蒸気を冷やす復水器という装置を研究し、つぎに、大気圧にたよらず蒸気の圧力で、ピストンを往復させるしくみを考えました。でも、なんど実験しても失敗の連続です。研究にうちこめばうちこむほど、生活は苦しくなり、借金がふえるばかりです。店もたたまなければならなくなり、妻にも先だたれ、すっかり希望をなくしてしまいました。

そのときにあらわれたのが、金持ちの工場主マシュー・ボールトンです。ボールトンは、ワットの発明に大きな期待をかけました。ワットは、力強い協力をえて、ついに新型の蒸気機関を完成させました。そして、ピストンの往復運動を回転式にきりかえるなど、いろいろな工場の機械を動かす原動機にしあげたのです。ワットのすぐれた蒸気機関は、産業を手工業から工場生産に発展させただけでなく、世のなかのしくみまでも変えてしまいました。


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