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(7)

ファラデー(1791−1867)

電気学の父とよばれているマイケル・ファラデーは、1791年に、イギリスの首都ロンドンの郊外で生まれました。

父は、仕事のじょうずなかじ屋でしたが、体が弱く病気がちでした。家族は生活が苦しく、馬小屋の2階でパンだけをかじって1日が終わることもありました。じゅうぶんな勉強もできないまま小学校を卒業したファラデーは、父や母を助けるために、13歳で製本屋の小ぞうになりました。

ファラデーは、どんなつらい仕事でも、いやがらずにいっしょうけんめいはたらきました。そして、仕事が終わってからも、休まずに、自分の製本した科学書や百科事典などを読みふけりました。なかでも、科学の本がいちばんすきでした。

本を読むだけでなく、重要なところは文や図面をノートに書きぬき、さらに、自分の目でたしかめるために、けんやくしたお金で道具を買って、実験もつづけました。町で開かれた科学の講習を聞きに行き、これも片はしからノートにとりました。

「なんとかして、科学者の道へ進みたいのですが……」

やがて21歳になったファラデーは、思いきって、名高い王立研究所の科学者デービーへ、これまでのノートをそえて手紙をだしました。すると、数か月ののち、すばらしいへんじがとどきました。研究所へきてもよいというのです。ファラデーは胸をおどらせて、デービーのもとへとんで行きました。

「なぜ、こうなるのだろう。こうすれば、どうなるのだろう」

ノートをとりながら何度も実験をくり返したファラデーは、やがて電気の世界に入り、40歳のときに、発電機の基礎になった電磁誘導現象というものを発見しました。

「電流で、磁気ができるのなら、逆に、磁気で電流を起こすこともできるのではないだろうか」

ファラデーは、人の考えの逆を、もういちど考えたのです。

そのご、研究所の教授となり、ファラデーが電気のことで、実験しなかったものはなにもない、といわれるほどに研究をうちこむ毎日を送りました。

年をとってからは、クリスマスがくるたびに、ろうそくを材料にして、科学とはどんなものであるかを、だれにでもわかるように、やさしく話して聞かせました。その話をまとめた『ろうそくの科学』は、いまも世界じゅうの子どもたちに読みつがれています。

1867年8月、ファラデーは長い研究生活に終わりを告げ、人類に明るい光を残してこの世を去りました。


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