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(8)

バイロン(1788ー1824)

ヨーロッパじゅうが、ゆれ動き、混乱していた19世紀の初めに、一人の青年詩人がいました。名をバイロンといいます。ロマン派の代表的な詩人として活やくした人です。するどい感覚で、おおくの詩をつくり、名をあげましたが、とつぜん軍隊に加わって、戦闘の中で死にました。短い人生でした。しかし、いつも情熱を燃やしつづけ、自由を求める、はげしい生涯をおくりました。

バイロンは、ロンドンの貴族の家に生まれましたが、父は家を捨てて、旅にでてしまいました。そのため、のこされた家族は、スコットランドのいなかに、うつり住み、ひっそりと暮らしました。バイロンは、森や墓場をさまよっては考えをめぐらし、詩を読む生活をこのみました。足が生まれつき不自由だったことを気にして、たいへん神経質でした。しかし、人に弱味を見せたくないという、負けずぎらいの性格を持ち、野原を走り回ったり、川で泳いだりするほど活発な面もありました。

やがて、青年になったバイロンは、ケンブリッジ大学に入りますが、はげしい反抗心のため、とちゅうでやめてしまいます。バイロンの考え方は、ますます情熱的になり、21歳のとき、自由を求めて、イギリスをとびだしました。スペインから地中海沿岸の町まちをさすらいながら、詩をつくる毎日でした。もてあますほどの情熱をもっていたバイロンは、ある時、流れの急なダーダネルス海きょうを、泳いでわたりました。必死にとめる友人をむりやりふり切って、海にとびこみました。「泳いだのは、名誉のためだ」と、バイロンは詩に書いています。

旅は、2年にわたりました。バイロンは、旅行中のさまざまな感動を『チャイルド・ハロルドの巡礼』と題する長編詩にあらわしました。この作品で、バイロンはいちやく、すい星のように、文学の世界におどりでました。1812年のことです。人気詩人となったバイロンは、議員におされたり、はなやかな社交界でもてはやされたりしながら、つぎつぎに詩集を発表しました。『邪宗徒』『アビュドスの花嫁』『海賊』『コリントの包囲』などの物語詩です。

ところが、人気詩人として思いのままの生活をおくるごうまんなすがたが、しだいに評判を悪くして、イギリスに居づらくなりました。バイロンは、ギリシアへわたり、独立戦争に参加します。「詩人としての、ぼくの仕事は終わった」と言って、戦地におもむきますが、重い熱病におかされ、急死してしまいました。まだ36歳という若さでした。


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