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メンデレーエフ(1834ー1907)

ドミトリー・イワノビッチ・メンデレーエフは、物質を形づくっている元素の研究をつづけ「元素の周期律」を発見して世界の学者をおどろかせたロシアの化学者です。

メンデレーエフは、1834年にシベリアのトボリスクで生まれました。14人兄弟の末っ子です。父は中学校の教師でしたが、メンデレーエフが小さいころに病気で盲目になり、子どもたちは、ガラス工場を経営する母にそだてられました。

メンデレーエフは、ガラス工場で働きながら中学を卒業しました。そして、学者になってほしいという母の願いでペテルブルグ大学に入学しました。

「人間にとって、いちばんたいせつなことは実行です。ひたすらに、真理を求めて努力をつづけなさい」

母は、このことばを残して、その年に亡くなりました。メンデレーエフは、悲しみにうちかつために猛勉強しました。そして、金メダルをもらい1番の成績で大学を卒業すると、母の期待どおりに学者への道を進み始めました。フランスやドイツへ留学して、さらに勉強をつづけ、33歳で母校ペテルブルグ大学の教授になりました。元素の周期律を発見したのは、それから2年ごのことです。

20世紀末の現在では、物質の元素には100以上の種類が発見されています。しかし、メンデレーエフのころに知られていたのは63だけでした。

メンデレーエフは、元素どうしのあいだには、なにか関係があると考えました。そこで、元素を、原子の重さの順に並べて表をつくってみました。すると、一定の間隔ごとに似かよった性質の元素がくり返してあらわれることがわかりました。そして、表のなかの空欄のところは、まだ元素が発見されていないのだと考えました。これが、メンデレーエフの研究の成果です。

この元素の周期律は、はじめはみとめられませんでした。しかし、そのご、メンデレーエフの予言どおりに空欄の元素が発見されると、周期律表は、化学の研究になくてはならない役割をはたすようになりました。

メンデレーエフは、周期律のほかに液体や気体についてもすぐれた研究成果を残し、さらに数おおくの本を書いて、73歳でこの世を去りました。

メンデレーエフは、科学者としての人生を歩んだだけではなく、芸術も愛し、人間の心をたいせつにする知識人でした。偉大な科学者であるまえに、偉大な人間でした。


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