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(14)

フォード(1863−1947)

「蒸気は、とじこめられてしまうと、どうなるのだろう」

少年は、土びんに水を入れてふたをしばりつけ、口にはしっかりせんをして、火にかけました。まもなく、水がふっとうしたと思うと、大きな音とともに土びんがはれつして、蒸気がふきだしました。少年は、頭にけがをしてしまいましたが、蒸気には強い力があることを、自分の目で確かめました。

この少年こそ、のちにアメリカの自動車王といわれるようになった、ヘンリー・フォードです。

1863年にアメリカのミシガン州の農家に生まれたフォードは、少年時代から機械いじりが大すきでした。失敗をくりかえしながら、さまざまな実験をかさね、13歳のころには、町じゅうのこわれた時計をなおしてしまったほどでした。

「どんなことがあっても、ぼくは機械技術者になりたい」

16歳のとき、こっそり家を出てデトロイトの町へ行き、エンジン工場ではたらき始めました。ところが5年ご、父が病気でたおれてしまいました。

家にもどったフォードは、畑ではたらくことになりました。

しかし、どうしてもエンジンのことが忘れられません。やがて、畑を耕す車に蒸気エンジンをつけた「馬のない馬車」を考えたりして、実験にとりくむようになりました。

「やっぱり、わたしが生きるところは、デトロイトしかない」

28歳になったフォードは、農場を人に貸して、ふたたび家をとびだしました。そして、エジソンの電燈会社に勤めながら、ガソリン自動車の研究に没頭し、3年ごには、ひとりでつくった「馬のない馬車」を、ヨタヨタと走らせるのに成功しました。

やがて自分の工場を建てたフォードは、できるだけ安く、たくさんの車を生産しようと考えました。そして1913年に開始したのが、5000以上もの部品をコンベアにのせて流しながら、ずらりとならんだ労働者が、じゅんじゅんに自動車をくみたてていく、という方法でした。

「大成功だ。これで自動車が町にあふれるようになるぞ」

限られたわずかな人たちの乗り物だった自動車は、大量生産することによって、たくさんの人が手軽に手に入れられるようになったのです。

自動車の生産で名をあげ、たちまち大事業家となったフォードは、1947年、自動車王とよばれた輝かしい生涯を閉じました。

若者たちに残した「将来にむかって生きよ」という言葉は、フォード自身が、終生つらぬいた信念ともいえます。


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