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(15)

スコット(1868−1912)

南極探検家ロバート・ファルコン・スコットは、1868年に、イギリスのデポンポートという小さな町で生まれました。

スコット家は、軍人のおおい家がらでした。そこで少年スコットも13歳で海軍兵学校へ入り、19歳のときには、もう、りっぱな海軍士官になって、軍艦に乗りこんでいました。

19世紀から20世紀の初めにかけては、いろいろな国が、地球の果てへの探検に夢中になっていました。探検に成功すれば、自分の国の力を、世界に示すことができたからです。

1901年、スコットは、国がはけんする探検隊の隊長に任命されて、南極探検へでかけました。そして、見渡すかぎりの氷のなかで、2度、冬をすごし、さまざまな科学調査をみやげに、1904年に帰ってきました。探検隊の役割は十分果たしましたが、南極点までいけなかったことが、心残りでした。

「南極点へ1番のりしよう」

1910年、スコットは、テラ・ノバ号に乗って、ふたたび南極大陸へ向かいました。こんどは、科学調査よりも、人類最初の南極到達が大きな目的でした。南極点への夢は、まだ、だれも果たしていません。しかし、ちょうど同じころ、ノルウェーの探検家アムンゼンが、南極点1番のりをめざしていました。

「イギリスの名誉のために、アムンゼンに負けてはならない」

南極大陸へ上陸したスコットは、基地でひと冬すごして準備をととのえ、1911年11月1日、いよいよ基地を出発しました。

ところが、1200キロメートルの氷原を死にものぐるいで越えて、南極点まであと1歩のところまできたとき、スコットも隊員も、うちのめされてしまいました。犬ぞりのあとがあります。テントが残っています。アムンゼンに先をこされたのです。

南極点にかけつけてみると、すでに、ノルウェーの国旗がひるがえっていました。

「負けた。アムンゼンに負けた。ノルウェーに負けた」

スコットは、心のなかで叫ぶだけで、声もでませんでした。

隊員をはげまして観測を終え、一夜を極点で明かしたスコットは、重い足を基地へ向けました。しかし、スコットも、4人の隊員も、基地へはたどりつけませんでした。はげしい雪あらしにおそわれ、手も足も凍傷にかかって動けなくなり、眠るように息が絶えてしまったのです。

「祖国の名誉のために死にます。神よ、家族をお願いします」

これが、手帳に書き残された、最期の言葉でした。スコットの勇気は、いまも、イギリス国民の誇りになっています。


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