オンラインブック せかい伝記図書館 巻末小伝
(15)

アンドレ・ジッド(1869−1951)

「キリスト教の教えや、これまで人間が守ってきた社会の道徳は、ほんとうに、どれほど正しいのだろうか」

定められた神の教えや道徳よりも、自分の良心をたいせつにして、自分に正直に生きようとする、人間の心の苦しみを考えつづけたアンドレ・ジッドは、フランスの作家です。1869年、大学教授で心の広い父と、信仰心が深く厳格な母のあいだに生まれました。

早くに父を亡くし、母の手ひとつで育てられたジッドは、からだが弱く、学校も休みがちで、いつも自分だけの世界にとじこもっているような少年でした。

孤独にすごすことがおおかったからでしょうか、早くから人間の心や神について深い興味をいだき、14歳のころには哲学や文学や宗教の本を読みふけるほどでした。文学者として生きることを心に決めたのも、まだ20歳まえのことです。22歳になったジッドは、いとこへの愛の苦しみを告白した『アンドレ・ワルテルの手記』を著わし、作家への道を歩みはじめました。

28歳のときに『地の糧』、33歳のときに『背徳者』を発表して、人びとの心にさまざまな波もんを投げかけました。アフリカへ旅したとき、からだも心もはだかのままに生きる原住民のすがたに心をうたれたジッドは、神に背を向けた自由な人間の生きかたを、小説を通してたたえたからです。

「神の教えに従おうとする心と、自分の思うままに生きようとするようとする心。人間のなかにある、この2つの心のあらそいを、どのようにに解決していったらよいのだろうか」

やがて、人間のこういう心のむじゅんを深くほりさげた作品『狭き門』『田園交響楽』『贋金つかい』などを発表すると、作家ジッドの名は世界に広まりました。

「どのように生きるのが、もっとも人間らしい生きかたなのだろうか」ジッドは、自分の疑問を、自分だけでなく世の人びとに問いつづけたのです。

年老いてからのジッドは、ふたたびアフリカへ旅をして、原住民を人間あつかいしない植民地の政治に反対をとなえ、また、ソ連へ行って共産主義に心をよせました。

ジッドは、人間が人間らしく生きていける平和な世界を願いながら、82歳で亡くなりました。1947年にノーベル文学賞を受賞して、4年ごのことでした。

ジッドは「現代の良心」とよばれました。すべてのものを、自分の良心のふるいにかけてつかみだしてみせたからです。


もどる
すすむ