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(15)

ラザフォード(1871−1937)

すべての自然科学の研究のなかでも、特にちゅうもくされているのが、原子や原子核についての研究です。その原子物理学のもとになる新しい考え方をいくつも生み出し、実験で証明して、発展の道をきりひらいたのが、1908年にノーベル賞を受賞した、アーネスト・ラザフォードです。

1871年、ラザフォードは、ニュージーランドの開拓民の家に生まれました。小さいときから勉強熱心で、好奇心が人一倍強く、実験をしたり、道具の組みたてをするのが好きでした。

ニュージーランドの大学で学んだのちは、1895年にイギリスへ渡り、ケンブリッジ大学のキャベンディシュ研究所に入学しました。すでに物理学の研究を生涯の仕事と決めていたラザフォードは、その熱心さが認められて、電子を発見したトムソン教授のもとで指導をうけることになりました。研究所でラザフォードが始めた実験は、エックス線を気体にあてて電離させる研究でした。

このころ世界では、現代の物理学の出発ともいわれるような発見がたくさんありました。ドイツのレントゲンのエックス線や、フランスのベクレルの放射線の発見などです。

ラザフォードも負けてはいませんでした。1898年、カナダの大学に教授としてまねかれると、いままで以上に研究や実験をくりかえし、アルファ線、ベータ線の発見をしました。

また、科学者ソディと協力して、これまで永久に変わらないものと考えられていた原子が、変化をするという画期的な考えも発表しました。

やがて、ふたたびイギリスにもどると、1911年には、アルファ線の散乱を調べて、原子が核をもつことも明らかにしました。

トムソン教授のあとをついで、48歳のとき、キャベンディシュ研究所の所長になったラザフォードは、研究への情熱を、ますます燃えあがらせました。

ラザフォードは、自分だけの研究に没頭するのではなく、助手の中性子発見の研究をはげましたり、原子核破壊の実験を助けたりして、おおくの研究者のなかから、ノーベル賞受賞者を10人近くもだす結果となって実をむすびます。

研究と実験をかぎりなく愛し、情熱をそそいだラザフォードは、研究活動が最高潮だった66歳の秋、とつぜん病気にかかり、亡くなりました。偉大な業績をたたえて「原子物理学の父」とよばれています。


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