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(16)

マルコーニ(1874ー1937)

グリエルモ・マルコーニは、無線電信の発達に大きな功績をのこした、イタリアの電気技術者です。たいへん裕福な銀行家の家に生まれ、少年時代から、父の別荘にある図書室で科学の本に親しみながら成長しました。また、有名な科学者たちを家庭教師にして電気について学び、17、8歳のころには、電気科学者を夢見るようになっていました。

20歳のときのことです。ある雑誌を読んだことから、マルコーニの進む道が決まりました。ドイツの物理学者ヘルツの死を伝える記事といっしょにでていた、電波を作りだしたヘルツの実験の説明が、マルコーニの心をとらえたのです。

「電波を利用して、通信ができるようにならないだろうか」

この思いつきに夢中になったマルコーニは、別荘の3階を実験室にして、実験をくり返しました。でも、失敗の連続でした。

実験を始めて1年ごの1895年、ひとつの成功にこぎつけました。それは、3階の実験室で発振器に火花をおこすと、地下室にとりつけたベルが鳴るという、かんたんなものでしたが、マルコーニには、天にものぼるほどのよろこびでした。

夢をふくらませたマルコーニは、装置を改良してすこしずつ距離をのばしていきました。そして、やがて、別荘から2キロメートル離れた丘まで電波を送ることに成功して、無線電信の実用化への第一歩をふみだしました。

1896年、マルコーニは、イギリスへ渡りました。無線電信の価値を信じようとしないイタリア政府が、研究費の援助をききとどけてくれなかったからです。

イギリス政府の力ぞえで、郵便局の中に無線電信局をもつことができたマルコーニは、つぎつぎに送信距離をのばしていきました。1897年には無線会社をつくって、いよいよ実用化にとりくみ、2年ごにはイギリスからフランスまでの海峡横断通信に、そして1901年には、ついに、イギリスからカナダまでの大西洋横断通信にも成功しました。

「電波はどこまででもとどく」「地球の表面が丸くてもとどく」

世界の人びとが、電波のすばらしさとふしぎさに目を見はったとき、マルコーニは、まだ27歳でした。

こうして長距離無線通信の時代をきりひらいたマルコーニは、ノーベル物理学賞など、かずかずの賞を受け、63歳で亡くなりました。無線通信ひとすじの生涯でした。

父の別荘の小さな実験室でめばえたマルコーニの夢は、いまも電波にのって、世界の空をかけめぐっています。


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