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(16)

スターリン(1879ー1953)

20世紀の前半に、ソ連の独裁者、共産党指導者、首相、大元帥として活躍したヨシフ・ビサリオノビッチ・スターリンは、1879年に、黒海に近い小さな町で生まれました。父は、靴職人でしたが、家はいつも貧しく、母も、よその家のよごれものを洗う洗濯女として、はたらいていました。

11歳のときに父を亡くし、やがてスターリンは、信心ぶかい母にすすめられて、神学校へ進みました。しかし、おおくの本を読むうちに革命運動にくわわるようになり、神学校は卒業まぎわに追いだされてしまいました。ソ連を、まだロシアとよんでいたこのころは、国は皇帝や貴族に支配され、社会革命など、とてもゆるされない時代だったのです。

「労働者の自由を守る、社会主義国家を建設しなければだめだ」

警察の目をかくれて、社会主義者への道をつき進みはじめたスターリンは、何度捕えられても、牢獄をぬけだして、活動をつづけました。

1917年、歴史に残るロシア革命がおこって皇帝がたおされ、マルクス主義者レーニンによって、新しい社会主義政権がうちたてられました。そして5年後には、ソビエト社会主義共和国連邦が生まれました。世界で初めての、社会主義国家です。

スターリンは、レーニンにみとめられて、共和国連邦をささえるソビエト連邦共産党の書記長に任命され、国の政治に大きな力をもつようになりました。

1924年、レーニンが死にました。スターリンは、政府内の反対者をことごとくおさえて、レーニンのあとをつぎました。いよいよ、スターリン時代の幕開けです。

「われわれは、先進諸国に、50年も100年もたちおくれている。このおくれを、10年で、とりもどさなければならない」

スターリンは、近代国家の建設をめざして立ちあがりました。そして、5年計画で工業の大発展をなしとげ、さらに、農業の機械化も実現しました。1936年には新憲法をつくり、労働者と農民を中心にした社会主義国家のきそをかためました。

そのごのスターリンは、第2次世界大戦を、ロシア民族の栄光を守るための「大祖国戦争」と名づけて戦いぬき、戦勝後は外交にも大きな功績をのこして、1953年に74歳の生涯を閉じました。亡きがらに光っていたのは、大元帥の肩章でした。

スターリンは、死後、独裁者として、ひはんをあびました。しかし、ソ連建設の偉大さは、いまもかわりなくたたえられています。


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