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(16)

フレミング(1881ー1955)

ペニシリンを発見したイギリスの細菌学者アレクサンダー・フレミングは、スコットランドで生まれました。父は農民でしたが、フレミングが7歳のときに亡くなりました。

フレミングは、幼いときから観察力がすぐれていました。また、次からつぎへと新しいことを考える才能をもっていました。子どものときから科学者になる素質があったのかもしれません。

14歳のとき、兄が眼科の病院を開業しているロンドンへでました。そして、工芸学校で2年間学び、そのご4年ほど商船会社ではたらいたのち、セント・メアリーズ医学校へ進みました。

医学校を卒業すると、細菌学の道をえらび、セント・メアリーズ病院の予防接種研究室へ入りました。白衣をつけたはなやかな医者にくらべると、収入も少ない研究者の道が楽ではないということは、よくわかっていました。しかし、フレミングは、自分のことよりも人のために生きる人生をえらんだのです。

最初の研究は、顔にできるにきびでした。それは命にかかわるような病気の研究からみると小さな研究でしたが、研究者はけっしてあせってはいけないことを知っていたフレミングは、たとえ目だたない研究でも、全力をそそぎました。

1914年に第1次世界大戦が始まると、軍医として野戦病院で、負傷兵のてあてにあたりました。すると傷の治療をしているうちに思いがけないことを発見しました。消毒薬は、傷口の殺菌にはほとんど役だたないばかりか、場合によっては、むしろ菌をはんしょくさせている、ということをつきとめたのです。

「からだの外からつける薬にたよってはだめだ。体内に入りこむ菌に対する、からだの抵抗力を強めさせる薬が必要なんだ」

それからのフレミングは、動物の組織をいためないで菌を殺す物質の研究にうちこみました。まず、だ液、鼻汁、涙を使った実験をくり返して、それらには自然に菌をとかしてしまう物質がふくまれていることを発見し、その物質をリゾチームと名づけました。

ペニシリン発見のかぎをさがしあてたのは、このリゾチームの研究をしていたときのことです。あるとき、菌の培養器に青かびが落ちこみました。すると、菌が死んでいくではありませんか。どんな小さなことも見のがさないフレミングは、青かびにとびつきました。そして実験に実験をかさねて、青かびからとりだした物質が大きな殺菌力をもっていることを証明しました。これが世界の医学者をおどろかせたペニシリンです。

フレミングは1945年にノーベル生理・医学賞を受賞しました。


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