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(16)

ルーズベルト(1882ー1945)

アメリカ合衆国の第32代大統領フランクリン・ルーズベルトは、1882年、ニューヨークで生まれました。父は実業家でした。

少年時代のルーズベルトは、家庭教師について学びながら、なに不自由なく育てられました。でも、けっして弱よわしい子どもだったわけではなく、学校ではスポーツに熱中しました。そのため成績は、あまりよくありませんでした。

ハーバード大学とコロンビア大学で、政治や法律を学び、25歳で弁護士になりました。政治の世界へ足をふみ入れたのは、28歳のときでした。学生時代に、第26代の大統領セオドア・ルーズベルトのめいにあたる女性と結婚したルーズベルトは、妻にはげまされ、ニューヨーク州の上院議員に立候補して当選したのです。

1913年、31歳の若さで合衆国政府の海軍次官に任命され、第1次世界大戦に活やくして名を高めました。そして、1920年の大統領選挙には、民主党から副大統領候補に指名されました。しかし、落選しました。そのうえ、つぎの年にはとつぜん小児まひにおそわれ、左下半身が不自由になってしまいました。

数年たっても、松葉杖がなければあるけません。母は、政治からしりぞくことをすすめましたが、ルーズベルトは、妻の愛に支えられて、病気と闘い、政治への夢を捨てませんでした。

1928年、ニューヨーク州知事にえらばれ、4年ごには、ついに大統領に当選しました。ルーズベルトの強い意志が、病魔に打ち勝ったのです。

そのころのアメリカは、大きな不景気にみまわれ、銀行や会社がつぎつぎにつぶれて、町には失業者があふれていました。

「勇気をもって、いますぐ行動を!」

ホワイトハウスへ入ったルーズベルトは、ニューディールと名づけた政策の実行に全力をそそぎました。まず、仕事のない人びとを救うために産業を盛んにしました。銀行をたてなおして、国の経済のみだれをととのえました。また、新しい制度を定めて、貧しい労働者たちの権利が守られるようにもしました。ルーズベルトの心にもえていたのは、大統領は国民のために生きる政治家でなければならない、という信念でした。

きびんな政治力と、あたたかい人格がたたえられたルーズベルトは、合衆国の歴史のなかで初めて、4回連続で大統領にえらばれました。そして、1941年に第2次世界大戦が始まると、連合国側の指導者として活やくをつづけ、戦争が終わる数か月まえに、63歳の生涯を終えました。


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