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(18)

カロザーズ(1896-1937)

ウォレス・ヒューム・カロザーズは、化学せんいのナイロンを発明した、アメリカの化学者です。1896年に、アイオア州のバーリントンという町で生まれました。

父は商業学校の先生でしたが、子ども4人をかかえた家の暮らしは、あまりゆたかではありませんでした。そこで、長男だったカロザーズは、高等学校を卒業すると、早く社会へでて家を助けるため、商科大学の速修科へ進みました。

しかし、子どものころからすきだった理科を忘れられず、やがて、ターキオ大学へ入りなおして、はたらきながら化学を学びました。そして、さらにイリノイ大学でも学び、28歳で理学博士の資格を得て大学の教師になりました。

ところが数年ののち、アメリカ一の化学工業会社デュポン社の研究室で、ゴムやせんいの研究にとりくむようになりました。

カロザーズがすぐれた化学者であることを知っていた教授から、お金のある大きな会社で、思うぞんぶんに研究してみるようにすすめられたのです。

「物を形づくっている原子や分子のつながりを研究すれば、炭化水素のアセチレンから、強い人造ゴムができるはずだ」

カロザーズは、まずゴムの研究にとりかかり、会社に入って1年ののちには、早くも、天然ゴムよりもじょうぶな、高い熱にもとけないネオプレンゴムを作るのに成功しました。

「ゴムができたのだから、せんいだって作れるにちがいない」

つぎには、やはり化学の力で、薬品から生糸よりも細い糸を作る研究にとりくみました。なんども実験に失敗して、研究を中止してしまわなければならないこともありました。しかし、自信をもっていたカロザーズはくじけずに研究をつづけ、1935年、ついに、ナイロンを発明したのです。

「石炭と水と空気から、新しい、化学せんいが生まれた」

カロザーズの研究が発表されると、世界の人びとは、化学のふしぎさにおどろきました。そして、世界に名が知られる発明家になった化学者のカロザーズは、学者として最高のアメリカ学士院会員におされ、外国からもまねかれるようになりました。

しかし、それから2年ののち、湖にボートでこぎだしたカロザーズは、そのまま帰ってきませんでした。文学や音楽も愛し、神経がこまやかだったカロザーズは、じゅんすいな研究と会社のための研究のあいだに入って、苦しんだのかもしれません。

ナイロンは、カロザーズが亡くなったつぎの年から作られるようになり、せんいの世界に大きな灯をともしました。


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