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(18)

金日成(1912-1994)

1910年、朝鮮半島の支配をねらっていた日本の「韓国併合」によって、韓国は日本の領土となり、国の名も朝鮮とよばれるようになりました。韓国の人びとは国を失ってしまったのです。

金日成は、この併合の2年後に、朝鮮半島北部の平安南道で生まれました。父も母も、祖国をうばった日本の権力と戦う活動家でしたから、金日成が、日本へのにくしみをいだいて育ったのは、とうぜんのことです。1919年に、朝鮮民族の独立をうったえる大きな運動がおこったときには、わずか7歳だった金日成少年もデモ隊にくわわって、日本の帝国主義反対をさけびました。

10歳をすぎてまもなく、両親といっしょに、そのころ満州とよばれていた、中国の東北地方へ移住しました。そして、中学校へ進むと早くも共産主義の組織へ入って、中国へも力をのばしてきた日本の権力に対する抵抗運動をはじめました。18歳までのあいだに3度もとらえられて監獄へおくられました。しかし、くじけませんでした。

1931年、日本が満州へ侵略してきました。金日成は、満州にいる朝鮮人によびかけて革命軍をつくり、日本の軍隊や警察の権力と戦いつづけました。1937年には、およそ1000人の革命軍をひきいて、朝鮮北部の日本人の町をおそい、日本の支配に泣いている祖国の人びとを勇気づけました。

1945年、ついに、朝鮮半島全体が朝鮮人の手にもどりました。1939年に始まった第2次世界大戦が終わり、連合国への日本の降伏によって、日本の支配からときはなされたのです。

金日成は、北朝鮮の人びとに将軍としてむかえられ、1948年には朝鮮民主主義人民共和国をうちたてて、首相となりました。しかし、朝鮮に平和がもどったわけではありませんでした。

第2次世界大戦後の朝鮮は、ソ連軍が占領していた北朝鮮とアメリカ軍が占領していた南朝鮮に分けられました。南朝鮮には大韓民国が生まれましたが、1950年、その大韓民国とのあいだに、政治に対する考えのちがいから朝鮮戦争がおこりました。
「祖国をひとつにするために、南からアメリカ軍を追いはらえ」

金日成は、朝鮮人民軍最高司令官として、ふたたび立ちあがりました。戦争は、国際連合の力で3年後に終わりました。でも、大韓民国と手をにぎりあうことはできませんでした。

金日成の夢は、南北の統一です。1972年に人民共和国の主席になってからも、社会主義国家の建設に力をつくしながら、祖国朝鮮がひとつになる日のために、活躍をつづけてきました。


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