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アンデルセン 1/7

貧しさにまけず心に夢

 デンマークに、フュン島という島があります。

 世界の童話の王さまハンス・クリスチアン・アンデルセンは、1805年、そのフュン島のオーゼンセという町に生まれました。フランスで、ナポレオンが皇帝になった翌年のことです。

 父は、貧しいくつ屋でした。しかし、若いころから学問好きで、ひまさえあれば本ばかり読んでいました。子どものアンデルセンにも『アラビアン・ナイト』などの物語や詩を読んで聞かせました。また、手作りの人形で人形劇をして、アンデルセンを楽しませてくれることもありました。

 母は、きれいずきなはたらきもので、そのうえ心のやさしい人でした。でも、学問がなく、字が読めませんでした。子どものころから家が貧しくて、学校へ通えなかったからです。

 「小さいころは、家が貧しくて、よその家へ物もらいに行かされたの。でも、知らない人に何かくださいというのがいやで、雪の降る日など、橋の下で一日じゅう泣いていたことがあるわ」

 アンデルセンは、母から、こんな悲しい思い出を聞くことがありました。アンデルセンは、いつまでも忘れられませんでした。そしてのちに、この話を思いだしながら、『マッチ売りの少女』を書いたのです。

 6歳になったアンデルセンは、貧しい家の子どもだけが通う、小さな学校に入りましたが、すぐやめてしまいました。そのご、2回ほどかわった学校も、ながつづきしませんでした。

 勉強がきらいだったわけではありません。ただ、人とあそぶよりも、ひとりで空想しているほうがすきだっただけです。それに、女の子に「ぼくが大きくなったら、ぼくのお城の乳しぼりにしてあげるよ」などといったりするので、頭がへんだと笑われてしまいます。そこで、ますます学校へ行くのがいやになってしまいました。

 父は、アンデルセンが11歳のときに亡くなりました。「自分の気のすすまない道をえらんではいけない。自分がなりたいと思うものになることが、たいせつだよ」

 父が、アンデルセンにいい残してくれた言葉です。父は、アンデルセンが、りっぱな芸術家になることを夢にえがいていたのです。


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