「なにか、わたしにできることはありませんか」
チャップリンはとうとう思いあまって、映画監督のマック・セネットにたのんでみました。
監督にさそわれて、せっかく映画の世界にとびこんできたのに、仕事にもなかまにも、なかなかなじめません。ふさぎこめばふさぎこむほど、へまをやらかしてしまう毎日が、もどかしくてならなかったのです。このままでは、長年親しんだぶたいをおりて、イギリスからはるばるアメリカのロサンゼルスまでやってきた意味がなくなってしまいます。
「ああ、チャーリーか(チャップリンのよび名)。そうだな。ここらへんで目をひくような変わった喜劇がほしいと思っていたところなんだ。きみにたのむとするか」
有名な女優を使って喜劇を制作していたセネット監督は、新しい味が出せなくて困っていたところでした。チャップリンの申し出は、ちょうどよいタイミングでした。
「何でもいいから、着がえをしてきたまえ。おもしろければ、うつしてみるから」
そのころの映画は、はじめからすじがきちんと決まっていたわけではありません。なりゆきによっては、予定していなかった人をいきなり登場させても、少しもかまいませんでした。
「しめた!」
チャップリンはこおどりする思いでしたが、すぐに困ってしまいました。どんな衣しょうを身につけたらいいのか、急なことで良い考えが浮かびません。でも数分後には、カルノ一座にいたころ1度したいと考えていたかっこうを思いだして、衣しょう部屋に走って行きました。
ひきかえしてきたチャップリンのかっこうを見て、セネット監督は思わず、ふきだしました。
「何だね、そりゃ」
むりもありません。小さな山高ぼうしに、だぶだぶのズボン、どたぐつ、ステッキ、ちょびひげ……それは、のちにチャップリン独特のふんそうとして知られるようになった、何ともきみょうな浮浪者のすがたでした。
「よし、おもしろそうだ。なにか演じてごらん」
セネット監督の目が輝きました。
「じゃあ、客になりすましてホテルにもぐりこもうとしている、ルンペン(浮浪者)の役をやってみましょう」
ジ、ジィ……とカメラが回りはじめます。
きちきちの上着を着て、だぶだぶのズボンと、どたぐつをはいたチャップリンは、まるで、アヒルのような歩きかたでホテルの玄関に入ってくるなり、貴婦人の足につまずきます。そして、山高ぼうしをひょいととり、ちょびひげをぴくっと動かしてあやまります。ところが、ふりむいたとたんに、こんどはごみ箱につまずいて、ころび、ごみ箱にていねいにあやまります……。
そんな動作のひとつひとつに、こきみよいリズムがありました。これまでの喜劇にはない演技でした。
いつのまにかキーストンの撮影所内は、笑いのうずに巻きこまれていきました。ほかのセットで仕事をしていた人たちも、笑い声につられてみんな集まってきました。チャップリンが手をあげ、からだを曲げるたびに、黒山の見物人がどっと笑いました。
チャップリンが初めて出演した映画は、あっというまに大評判になりました。どこの町の映画館も、押すな押すなの超満員でした。こうして、キーストン映画会社のつくる喜劇は、チャップリンの登場によって、たちまちアメリカじゅうの人気をさらうようになりました。