アジアとヨーロッパがつながっている大陸を、ユーラシア大陸とよびます。世界最大の大陸です。
いまからおよそ800年まえに、この広大なユーラシアにモンゴル帝国をうちたてたチンギス・ハンは、1162年ころ、外モンゴル(いまのモンゴル人民共和国)を流れるオノン川のほとりで生まれました。名まえは、テムジンといいました。
モンゴル部族は、血のつながったものどうしが集まった、たくさんの氏族にわかれ、ひとつひとつの氏族は馬や牛や羊などを放し飼いしながら、牧草のある所をさがして移りすみ、草原にパオとよばれるテントのような家を並べて生活していました。
テムジンの父親は、そのひとつの氏族の指導者でした。ほかの部族との戦いでいつもてがらをたて、氏族じゅうで、たいへん尊敬されていました。
ところが、この父は、テムジンが少年のときに、となりのタタール部族にだまされ、毒殺されてしまいました。そしてこのときから、テムジンの苦しい戦いが始まりました。
「指導者がいなくなった氏族はきけんだ。ほかの部族に、いつ、おそわれるかもしれない」
おおくの人たちはパオをたたんで強い指導者のいるところへ行ってしまいました。そして、残されたテムジンの家ぞくは、母親と7人の子どもだけで、力をあわせて生きぬくより、しかたがありませんでした。
「みんなの心をひとつにして、がんばるのですよ」
母は、昼は木の実や草の根などの食べものを集めてまわり、夜は、モンゴルの英雄たちのものがたりを聞かせて、子どもたちを、いっしょうけんめいに育てました。
子どもたちは、母のふかい愛情で日に日にりっぱになっていきました。なかでも、きらきらと輝くするどい目をしたテムジンは、どの兄弟よりも意志が強く乗馬も弓もすぐれた、たくましい若者になりました。
ある年の春のこと。
「いまのうちに、テムジンを殺してしまえ」
父が死んだときテムジンたちを見すてて立ち去ったタイチウトの一族が、やがてふくしゅうされるのをおそれて、母親と子どもだけのパオをおそってきました。
「あとのことは心配せず、おまえは山にかくれなさい」
母の命令で、テムジンは馬で逃げました。そして9日のあいだ山にひそんでいました。しかし、空腹にたえられず山をおりてきたところを、待ちかまえていた敵につかまってしまいました。
でも、あきらめてしまうようなテムジンではありません。夜、敵の見張りをうちたおし、なんども危ないめにあいながら、家ぞくが待つパオへ帰りつきました。