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チャーチル 1/4

勉強ぎらいなわんぱく少年

 20世紀は、科学と技術がめざましく発達しました。けれども、その前半の50年間に2回も世界大戦がおこり、数えきれないほどの尊い人命が失われ、ありとあらゆるものが破壊されました。

 この波乱にとんだ20世紀の前半を、自分の目で見て、耳で聞き、からだで戦い、その頭で世界を平和にみちびいた大政治家がいます。イギリスのウィンストン・チャーチルがその人です。チャーチルのゆったりと吸う葉巻のタバコと、人さし指と中指でつくる勝利のVサインは、世界じゅうの人たちにたいへん親しまれました。

 チャーチルは、1874年にオックスフォードに近いマールバラ公爵の古い城で、元気なうぶ声をあげました。父はマールバラ公爵の息子です。母はアメリカからやってきた大金持ちの娘でした。

 チャーチルの思い出は、アイルランドの少年時代からはじまります。公爵である祖父がアイルランドの総督になったので、父が秘書をつとめるために、一家をあげてひっこしたからです。幼いチャーチルには家庭教師がつけられました。しかし知識をむりやりつめこむ家庭教師だったので、チャーチルは、ちっとも勉強がすきになれませんでした。

 家族はやがてイングランドにもどり、7歳のチャーチルは、セント・ジェームス校に入学しました。セント・ジェームス校は、スパルタ教育で有名な学校です。どんなわんぱく少年も音をあげるほどにきびしく、チャーチルの成績はいつもびりでした。

 程度の高い授業に、すっかりまいってしまったチャーチルは、セント・ジェームス校をやめ、小さな私立学校に転校しました。のどかな生活で、元気をとりもどし、名門ハロー校への進学をめざしました。あいかわらず成績が悪く、難しい挑戦でしたが、ねばり強い努力によって入学をはたしたのです。このころ父は大蔵大臣にまで出世していましたが、息子の方はやっぱりびりです。しかし、勉強が半人前のチャーチルでも、いたずらだけはりっぱに一人前でした。

 入学してひと月もたたない、ある日のことです。タオルを肩にひっかけたひとりの生徒が、プールのふちに立ってなにごとか考えこんでいるようでした。からだつきもチャーチルぐらいだったので、いいカモだぞと思い、こっそりうしろにまわり、プールのなかにえいっと突き落としてしまいました。

 しかし水のなかから浮かんできた顔を見てびっくりしました。けんかの強そうな生徒が、こちらをにらみつけているではありませんか。逃げても、もうだめです。あっというまにつかまってしまったチャーチルは、たちまちプールのいちばん深いところに投げこまれてしまいました。

 「あれは上級生で、フットボール選手のアメリーだぞ」

 集まってきたクラスメートたちが、心配そうに口ぐちにいいました。

 「ごめんなさい。小さく見えたので、同級生とまちがえちゃったんだ」

 チャーチルは小声でいいわけをしましたが、上級生はなっとくしてくれそうもありません。そこでとっさに、うまい言葉を考えました。

 「ぼくのパパは大蔵大臣だけど、どこかきみと似ているところがあるんだ」

 すると上級生はにこっと笑い、やっと許してくれたのでした。

 このころスポーツマンだったアメリーは、のちにチャーチルと同じように、政治家になりました。


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