「地球はおぼんのようにたいらで、海は、ずっと先の方で滝のように流れおちている」
15世紀には、ほとんどの人が、こう考えていました。そのころの世界地図は、アジア、ヨーロッパ、アフリカからなる大陸と、無数にちらばる島じま、そしてそれをかこむ海だけでした。アメリカ大陸と広い太平洋は、ヨーロッパの人には、まだ知られていなかったのです。
13世紀の末に、マルコ・ポーロが、カタイ(中国)の長い旅からイタリアのベネチアにもどり「遠いアジアの東に黄金の島ジパングがある」と日本のことを語ったとき、人びとは、ほとんど信じませんでした。
ヨーロッパから見れば、カタイはずっと東の国、ましてジパングなど、地の果てだったのです。
地球はまるいと考える人は、遠い古代ギリシアのころからごくわずかにいましたが、進んだ考えをもつ人間は、いつの時代にも変わり者あつかいされてきましたので、世に広まることはありませんでした。
ところが、15世紀になって、イタリアのトスカネリという学者が、また「地球はまるい」と主張しはじめたのです。
このトスカネリの本を読んで、とても心を動かされた若い船乗りが、ポルトガルにいました。
イタリアのジェノバに生まれたクリストファー・コロンブスです。
コロンブスは、1枚の世界地図をまるめると、筒にしてみました。
「地球がまるいということは…。あれ!地の果てのジパングが、大西洋のすぐむこうにあるじゃないか!」
そうです。当時の地図には、アメリカ大陸と太平洋は、まだかきこまれていませんから、アジアの東とヨーロッパのあいだには、せまい大西洋があるだけでした。
そのころ、地球は、実際よりずっとずっと小さく思われていたのです。
「大西洋を西にむかって進めば、かんたんにジパングに行けるかもしれない」
コロンブスは、いてもたってもいられなくなり、弟の仕事場をたずねました。2つ年下のバルトロメオは、リスボンで地図をかく仕事をしていました。
「兄さん、それは、ものすごい考えだね。すると、このポルトガルの海のむこうに、アジアがあることになる!」
「そうだ。地球がまるいとすれば、海に、はしっこなんかありはしないよ。だから、東へでも西へでも、まっすぐ航海すれば、また、もとのところにもどってくる……。トスカネリは、そういってるんだ」
「兄さん、ぼくも、地球はまるいような気がするよ」
それからのコロンブスは、むちゅうで勉強しました。世界の地理や天文学、海に関する本をかたっぱしから読みあさり、船に乗る時には、本で知ったことを実際にたしかめてみました。そして、海からもどってくると、船の通った道筋を、図面にかき記します。