いまから100年ほどまえ、ポーランドの首都ワルシャワに、元気でとても勉強ずきな兄弟がいました。
上から順にゾーシャ、ブローニャ、ヘラ、ジョジォ、マーニャの5人です。父親のスクロドフスキーは、理科の先生です。母親も学校の先生でしたが、いちばん下のマーニャが生まれたころ結核におかされ、勤めをやめて、家でねたり起きたりという生活をしていました。
この末っ子マーニャこそ、のちに偉大な科学者となったキュリー夫人です。
スクロドフスキー家の子どもたちは、土曜日の夜がだいすきでした。みんなで大きなテーブルをかこみ、父の話を聞いたり、理科の実験をしたり、詩の朗読をしたりすることになっていたからです。ゾーシャは、本を読むのがとてもじょうずでした。小さなマーニャは、はじめのうちはだまって話を聞いていましたが、すぐに文字をおぼえてしまい、5歳のころから、どんどん本を読むようになりました。
こんなマーニャですから、小学校に入ると、たちまち評判のゆうとう生になりました。
「マーニャは、なんでも1度でおぼえてしまうのね」
「マーニャの頭は、どうなってるのかなぁ」
マーニャは学校の人気者でした。
しかし、楽しい学校にいても、ときどきマーニャのむねの奥が、チクリと痛みました。病気の母のことが気になるのです。
「神さま、おかあさんを早く元気にしてください」
一日の終わりに、こうお祈りするのが、マーニャの習慣になっていました。
