少年が、古い木の皮をはいでいると、めずらしいカブト虫が2ひき出てきました。よろこんだ少年は、両手に1ぴきずつつかまえました。すると、もう1ぴき、いままで見たこともない新種のものが現われました。でも両手がふさがっています。困った少年は、とっさに右手に持っていたカブト虫を口へほうりこんで新種をつかまえようとしました。ところがそのとき、口の中のカブト虫が、にがい液をだしたからたまりません。少年は口の中のカブト虫をはきだし、目を白黒させながらかけだしました。カブト虫は、1ぴきもつかまりませんでした。
昆虫採集が大すきだった、この少年は、のちに生物の進化論をとなえて世界の人びとをおどろかせた、チャールズ・ダーウィンです。
ダーウィンは、リンカーンの生まれた日とまったく同じ1809年2月12日に、イギリス西南部の古い町シュルーズベリーでうぶ声をあげました。
父と祖父はすぐれた医者として尊敬された人でした。母はダーウィンが8歳のときに亡くなりました。学校へ行きはじめたダーウィンは、母親がわりの姉から、いつもしかられてばかりいました。いたずらっ子で学校の成績もあまりよくなかったからです。
未来の大博物学者ダーウィンは、このころから、昆虫、草花、貝、石など、身近なものを集めて観察するのが、なによりすきでした。科学の本を読んで、兄と実験にむちゅうになったこともありました。学校のきまりきった授業はいつもたいくつで、成績はよくありませんでした。
「おまえは、ポコ・クランテだ」
あるとき学校で全校生徒の前によびだされて、校長先生から、こういってしかられたことがありました。それは、注意のたりないなまけもの、という意味でした。
しかし、ほんとうは、けっしてポコ・クランテではありませんでした。ポコ・クランテだったのは、むやみに暗記をしなければならない授業のときだけで、観察や実験をしているときは、いつまでも考えつづけるしんぼう強い少年でした。