フランスのルーブル美術館に、ルーブルの宝といわれている1枚の肖像画があります。
ながい髪の女性が、そっとまえで手を組み、どこか遠くを見るような感じで、かすかにほほえんでいる絵です。
『モナ・リザ』とよばれるこの絵を、レオナルド・ダ・ビンチがかいたのは、およそ500年もまえのことです。
イタリアの画家レオナルドのけっさくが、なぜ、フランスのルーブル美術館にあるのか、レオナルドの足どりをたどってみましょう。
イタリアのトスカーナ地方に、ビンチという小さな村があります。レオナルドは、この村で、1452年に生まれました。生まれて間もなく、両親は別れましたので、レオナルドは5歳になるまで、よそにあずけられて育ちました。やっと、父のところにもどったときには、新しい母がいました。その母には、子どもがなかったので、レオナルドはひとりっ子としてかわいがられ、ブドウ畑の中をとびまわる元気な少年に育ちました。
しかし、ビンチ村のほかの少年とちがっていたのは、自然を観察することがとびぬけて好きだったことです。草や木や花、鳥や馬など、まわりにあるものを、じっと見つめ、それをじょうずに絵にしました。
「こいつは、ベロッキオの工房にいれよう」
息子の絵のうまさにおどろいて、父親は、レオナルドが14歳になると、さっそくフィレンツェのベロッキオ先生のところに、弟子いりさせました。
工房というのは、美術学校のようなものですが、少しちがっています。先生と弟子が、家族のように暮らし、先生のところにたのまれてくる仕事を、弟子たちもみんなで協力して仕上げるのです。そうして、何年も先生のそばでうでをみがき、やがて職人(ものを作る人)として、ひとりだちしていくのです。
レオナルドの絵の正確さは、弟子たちのあいだでも、とびぬけていました。
あるとき、先生の作品のかたすみに、レオナルドはひとりの天使をかきました。
その絵はすばらしく、弟子のかいたものだと気づく人はいませんでした。ベロッキオは、レオナルドの才能にすごいショックをうけ、それ以来、絵をやめて彫刻に力を入れたということです。