このとき、関白の位をねらっている貴族が、もうひとりいました。内大臣の伊周です。しかも、伊周の位は、道長よりも上です。そのうえ、伊周の妹の定子は一条天皇の妻になっていました。
「関白は、わたしに決まっている。父が病気のときに、関白の仕事をしたこともある。天皇にも好かれている」
伊周は、自信まんまんでした。
いっぽう、道長も負けてはいません。会う人ごとに、自分の宣伝をしました。
「若い伊周には、天皇を助けて国の政治をすすめる力はない。わたしのほうこそ、関白にふさわしい」
道長には、子どものころから仲のよかった、詮子という姉がいました。詮子は、一条天皇の母です。道長は、この姉に力ぞえをたのみました。
詮子は、天皇に会うと、道長を関白にするようにいいました。天皇は、なかなかしょうちしません。
「天皇のためを思っている母のことが、どうして、おききになれないのですか」
道長は、とうとうこんな強いことを、姉にいわせました。きびしく追いつめられた天皇は、もう、母のたのみをことわることができません。ついに道長を、内覧という、関白の代理の位につけました。関白の道兼が亡くなって、わずか3日のちのことでした。
関白の位には、だれもついていませんでしたから、たとえ代理でも、道長が関白になったのと同じです。このとき道長は29歳でした。
出世あらそいに勝った道長は、初めは権大納言で満足していたことなどすっかり忘れて、よろこびました。しかし、くやしさをおさえきれなかったのは伊周です。
朝廷の会議で顔をあわせた道長と伊周は、ささいなことから大議論になり、あやうく、つかみあいのけんかになりそうになったこともありました。道長の家来と、伊周の弟の隆家の家来が、刀をぬいて切りあい、道長の家来が弓で射殺されるさわぎも起こりました。
道長と伊周の対立は、はげしくなるばかりです。天皇も貴族たちも、困りはててしまいました。