「日本のみなさん、日本の目の不自由なみなさん。目の見える人がしあわせで、見えない人がふしあわせだということはありません。人間にたいせつなものは心です。心に光をもって、強く生きてください」
1955年、東京をおとずれたヘレン・ケラーは、日本の人びとに、このように語りかけました。
「心があれば、人間は、どんなことでもできるのだ」
目が見えない。耳がきこえない。口もきけない。この3つの苦しみをのりこえたヘレン・ケラーの、心のなかからあふれでることばに、どれほどの日本人が勇気づけられたか、わかりません。このときヘレン・ケラーは75歳でした。
ヘレン・ケラーは、1880年、アメリカ合衆国南部のアラバマ州タスカンビアの町で生まれました。澄んだ大きな目をした、かわいい女の子でした。
「おや、わらったぞ」「あら、何かいってるわ」
ケラー家のはじめての子どもです。地主の父も、美しい母も、ヘレンがかわいくてしかたがありません。花が咲きみだれる広い庭にかこまれた家のなかは、天使がまいおりてきたような幸福に、みたされました。
ところが、初めての誕生日から半年すぎた、ある日、天使が悪魔にかわったような不幸がおとずれました。
2月の寒い日のことです。ヘレンは、熱の高い病気におそわれました。有名な医者にみてもらっても、病名がわかりません。熱もさがりません。
「神さま、どうぞ、ヘレンをおすくいください」
父も母も、一心に、神にいのりました。
数日後、うそのように熱がさがりました。母は、うれしさのあまり、ヘレンにキスの雨をふらせました。でも、どうしたのか、ヘレンは人形のような目をして、天じょうを見つめているばかりです。名まえをよんでも、やっぱり人形のように、何もこたえようとはしません。
