豊臣秀吉が、まだ20歳のころ、織田信長に仕えたばかりで、木下藤吉郎と名のっていたときの話です。
「馬だ。馬をひけい!」
信長は、毎朝、狩りに出かける習慣がありました。たいへん寒い今朝も、いつものように荒あらしい足おとをたてて出てきました。いねむりをしかけていた藤吉郎は、信長の声に、あわててふところから、ぞうりを取り出しました。寒い日ははきものが冷たいだろうと思った藤吉郎は、自分の胸であたためていたのです。
ところが、ぞうりが温かいことに気づいた信長はよろこぶどころか、どなりつけました。
「ふらち者め!主人のはき物をしりにしきおったな」
信長の手にもっていた弓がふりおろされ、ひざまずいた藤吉郎の背中に熱い痛みが走りました。
藤吉郎がぞうりにすわって、なまけていたと感ちがいをした信長は、すっかり気げんを悪くして、狩りをとりやめてしまいました。
あとになって、ほんとうのことを知った信長は、忠実な藤吉郎に感心したということです。藤吉郎は、ぞうり取りから、薪奉行に役を引きあげられ、薪のむだ使いをとりしまる仕事を、りっぱにやりとげました。
信長は、気しょうのはげしい、気まぐれな性格の大名でしたが、家来の家柄などにはこだわらず、能力のある者は、どしどし重い役にとりたてていくという考えをもっていました。やがて関白にまで出世する藤吉郎は、この信長にめぐりあったことが幸せだったのです。
