博文は子どものころ、林利助といいました。
「やーい、利助の青びょうたん。酒のんで赤くなれ」
村の子どもたちは、やせっぽちで青い顔をした利助をこういってからかいました。
利助の家は貧しい農家です。父の林十蔵は、たまった借金を返すために城下町の萩にはたらきに出ていました。るすを守る母は、あまりじょうぶでなく畑仕事も思うようにはできません。生活はいつも苦しく、利助の顔の青いのは、栄養失調のせいでした。
それでも利助は元気でした。陽気でかしこい利助のことは、父の奉公先の伊藤家でもうわさされていました。
林親子に目をかけていた伊藤氏は、十蔵に親子ぐるみで養子になるようにすすめました。
「村から妻子をよんで、ここでいっしょに暮らしてはどうかね。もっとも、わたしも長州藩(山口県)足軽の身分じゃ、じゅうぶんなこともしてやれんが……」
こうして城下町の萩に移ったときから、利助は伊藤の姓になり、身分は低いけれども武士の子になったのです。
それからは、暮らしも少しらくになり、二度と青びょうたんとよばれることはなくなりました。
