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ケネディ 1/6

大統領をおそった銃弾

 1963年11月22日、大統領選挙の選挙演説のためテキサス州ダラス市の空港についたケネディ大統領は、オープンカーに乗って、演説会場の貿易会館へ向かいました。

 「ケネディ」「ケネディ大統領」「ジョン・ケネディ」

 道の両がわにあふれた人びとが、いっせいに叫び、ケネディは、手をふりつづけて、歓迎にこたえていました。ところが、午後12時30分、かすかな銃声が3発つづいたと思うと、車のなかのケネディのからだは、がくっと、かたむいてしまいました。銃弾が、頭と首に命中したのです。

 オープンカーは、驚きさわぐ町の人びとの声をふりきって、全速力で約6キロメートル離れたパークランド記念病院へ走りこみました。しかしケネディは、もう、目をひらくことはありませんでした。

 犯人オズワルドは、その場でたいほされました。しかし、このオズワルドも一人の男にうち殺され、ケネディ暗殺の理由は、歴史のなぞになってしまいました。

 ケネディ大統領は、このとき、まだ46歳でした。

 ジョン・フィッツジェラルド・ケネディは、1917年、アメリカ合衆国のボストン市で生まれました。

 父は、銀行の頭取(銀行の代表者)をしながらいくつかの会社の社長をつとめる大実業家でした。

 しかし、ケネディ家は、1850年ころまではイギリスの西にある島国アイルランドの、貧しい農民でした。ある年、家畜も人間もうえ死にしてしまうほどの大ききんにみまわれ、一家は新しい土地を求めて、アメリカへ渡ってきました。それからケネディ家の人びとは努力に努力をかさね、ケネディの祖父は、ボストン市長にまでなりました。

 「勇気ある人」

 ケネディ大統領が、このようによばれたのも、祖父たちのたくましい開拓精神をうけついでいたからに、ちがいありません。


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