元気のない男に、老人がたずねました。
「どこか、からだが悪いのですか」
すると,男は,悲しそうなこえで,答えました。
「いいえ、からだは、どこも悪くはありません。自分の力がたりないのが、くやしくてしかたがないのです。そのうえ、あやまちを、おかしてしまいました」
これを聞いた老人は、男の目をみつめながら、しずかに口をひらきました。
「自分に力があるかないかは、ほんとうに全力をつくしてみて、はじめてわかるものです。あなたは、それをしましたか。力のかぎり努力もしないうちから、自分はだめだと思うのは、たいへんはずかしいことですよ。それに、あやまちは、だれにでもあるものです。あやまちをおかさない人間なんて、ひとりもいません。あやまちをおかしたら、あやまって改めればよいのです。あやまちを改めないことこそ、ほんとうのあやまちですよ」
耳をかたむけていた男の目から、ひとすじのなみだがこぼれました。男が、このときの老人が孔子だったことを知ったのは、それからずっとあとのことでした。
孔子は、中国の魯という国で生まれました。紀元前551年、いまから約2500年まえのことです。
父は、戦争でなんどもてがらをたてた勇かんな武士でした。母は、争いごとをにくむ、気だてのやさしい人でした。
孔子が生まれたとき、父も母も、すこしびっくりしました。赤んぼうの頭のまん中がぽこんとくぼみ、まわりが丘のようになっていたのです。
「この子は、いまに、りっぱな人に育つぞ」
おいわいにきた人びとは、赤んぼうのふしぎな頭を見て、みんなこういいました。
それから3年めに父は亡くなり、おさない孔子は、母の手ひとつで育てられることになってしまいました。
