6世紀の末、アラビアの西岸に近い町メッカは、たいへんなにぎわいをみせていました。
東ローマとペルシアとの戦争がはげしくなって、ほかの交通路がとだえたために、紅海に沿った陸上の道が、貿易路としていっぺんに活気をおびてきたのです。
イエメンに陸上げされる東洋の物産は、メッカを通って北のシリアに運ばれ、そこからさらにイタリア、スペインへと荷積みされていきました。
メッカのアラビア人たちは、それまでの遊牧生活をうちすてて、貿易のなかつぎをしたり、商品の運び人になったり、だれもかれもが金もうけにむちゅうでした。
ラクダの背に荷物を山ほど積みあげ、男たちは、くる日もくる日も、イエメンからメッカへ、メッカからシリアへと、砂ばくの中の旅をくりかえしていたのです。
はてしなく広がる砂の平原。地表のものすべてを焼き尽くすかのごとく照りつける太陽。木もなく草もない燃えるような熱気の中を、あえぎながら黙もくと歩きつづける人間とラクダの列。
アラビアの人が生きていくというのは、こうしたきびしい自然と闘うことでした。
イスラム教をひらいたマホメットは、このアラビアの砂ばくの町メッカに生まれました。
まだ、マホメットが母の胎内にいるとき、父はシリアから帰るとちゅう砂ばくで倒れ、マホメットは父のない子として生まれました。母や祖父にも、はやく死に別れ、みなし子になったマホメットを育ててくれたのは、おじのアブー・ターリブです。やがて、おじの隊商に加わり、アラビアの砂ばくを北へ南へと歩くうちに、マホメットは屈強な若者に成長していました。
