1519年の9月20日、5せきの船隊が265人の男たちを乗せて、スペインのサンルカル港をはなやかに出航しました。
キャプテン・マゼランの乗るトリニダット号を先頭にサン・アントニオ号、コンセプション号、ビクトリア号、サン・チャゴ号とつづきます。
船団は、西まわりで、香料の諸島(インドネシア周辺の島じま)へ行く近道を発見するのが目的でした。
現在の私たちは、ヨーロッパからアメリカ大陸をつきぬけ、太平洋を横断して香料諸島へ行くのは、近道どころか、いちばん遠まわりなのを知っています。しかし、15世紀から16世紀にかけては、まだまだ、世界のほんとうの広さは知られていませんでした。地球がまるいということは、一部の人にはわかっていましたが、アメリカ大陸や広い太平洋などは考えもおよばず、そのころの地図には記入されていません。
ですから、コロンブスが新大陸を発見し、その大陸が北極から南極まで、きれめなしにつづいているらしいとわかってきたとき、どこかに海峡を見つけて、この大陸を突破できれば、すぐに香料諸島やジパング(日本)に行けると思われたのです。
しかし、ポルトガルやスペインの探検隊が、大陸の沿岸をくまなく探しても、東洋への出口は見つかりませんでした。
