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ミケランジェロ 1/6

生まれたときから、のみを手に

 いまからおよそ500年まえ、14世紀から16世紀にかけてのヨーロッパに、人間の心をたいせつにして、自由にのびのびと表現する芸術が盛んになりました。のちに、ルネサンスとよばれるようになった文化運動です。

 偉大な画家、彫刻家、そして建築家として名を残したミケランジェロ・ブオナロッチは、そのルネサンス時代なかごろの1475年に、イタリア中部のフィレンツェに近いカプレーゼという町で生まれました。

 このころのイタリアは、まだ、ひとつの国としてまとまらず、都市ごとに、いくつもの国に分かれていました。フィレンツェも、大金持ちのメディチ家が支配する小さな国でした。

 ミケランジェロの父親は、この国の警察長官でした。

 ミケランジェロは、生まれるとまもなく、しんせきの大理石工の家にあずけられました。母親はからだがよわく、それに家には、もうひとり1歳半の子どもがいたため、里子にだされたのです。そして、それから4年間、大理石とのみをおもちゃにしながら育ちました。母は、そのご3人の男の子を産んで26歳の若さで亡くなり、わが家にもどったミケランジェロが母にあまえられたのは、わずか2年だけでした。

 でも、石工の家にあずけられたことは、のちの彫刻家ミケランジェロにとっては、しあわせなことでした。

 ミケランジェロは、6歳で小学校に入学しました。ところが、学校の勉強はあまりすきになれず、絵をかいたり、ねんど細工をしたり、石に彫刻のまねをしたりすることに、むちゅうになりました。

 10歳をすぎると、友だちをびっくりさせるほどの絵をかくようになりました。しかし、絵をかくのは、父にはひみつでした。古い貴族の家がらを誇りにして、画家や彫刻家などは身分のいやしいただの職人だと思いこんでいる父が、わが子の絵の勉強をゆるしてくれるはずがなかったからです。

 「ぼくは、なんとかして芸術家になりたい」

 ミケランジェロは、父の反対が強ければ強いほど、なおいっそう、芸術家への夢をふくらませました。


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