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ナポレオン 1/6

コルシカ島のいたずらっこ

 「わたしの辞書には不可能という文字はない」

 このことばのとおりに35歳の若さでフランスの皇帝になり、やがてはヨーロッパ全土を支配し、世界征服の夢さえいだきつづけたナポレオン・ボナパルトは、1769年、地中海に浮かぶコルシカ島で生まれました。

 コルシカ島は、日本の四国の半分ほどもない小さな島です。島の人びとは独立の精神がひじょうに強く、長いあいだ、島を支配しようとする国ぐにと戦ってきました。そして、フランスの領土になってからも、初めは、そのフランス軍とも戦いました。

 このとき、ナポレオンの父も母も、銃をとり馬に乗って戦いました。ある日のこと、川を渡っていた母の乗った馬が、水の中でけいれんを起こしてたおれてしまいました。まわりの人たちは、馬をすてて川にとび込むように、母にいいました。しかし、生まれたばかりの子どもを胸にだいていた母は、鞍にしがみついて馬をあやつり、ぶじに川を渡りきりました。これを見た兵士たちは、そのおちつきと勇敢さに、戦いを忘れて拍手をおくりました。このとき、母のおなかには、数か月後に生まれるナポレオンが入っていました。

 ナポレオンは、13人きょうだいの2番めでした。父は貴族でした。しかし、家はまずしく、生まれつき頭ばかり大きかったナポレオンは、まい日、まっ黒になって野山をかけまわっていました。からだに傷のたえないいたずらっこでしたが、不正なことはしませんでした。

 子どもにはめずらしいほど、がんこで正義感が強く、自分がしていないことをしかられると、たとえ2日も3日も食事が与えられなくても、ぜったいに、あやまりませんでした。高いがけから落ちても、友だちにはなみだを見せませんでした。また、女の子と遊んでいて町の男の子たちにからかわれると、けんかをすれば負けるとはわかっていても、歯をくいしばってむかっていきました。

 いたずらな反面、勉強はすきでした。とくに算数と理科がとくいで、小学校に入ってまもなく、小麦をひく風車小屋に入り、またたくまに1時間にひかれる小麦の量から1日分の量、さらに1週間分の量を計算して、おとなをおどろかせたことがありました。


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