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シューベルト 1/6

泉のようにわきでた美しい曲

 あるレストランでのことです。料理がくるのを待っていたシューベルトは、にわかに、メニューの裏側に5本の線を引いたと思うと、おたまじゃくしを書き始めました。曲がひらめいたのです。やがてレストランをでるときには、のちに名歌曲のひとつに数えられるようになった『きけ、きけ、ヒバリ』ができあがっていました。

 これは、シューベルトには、いつも、美しい旋律が泉のようにわきでたことを伝える話です。

 歌曲の王とたたえられるフランツ・ペーター・シューベルトは、18世紀の終わりに、オーストリアの首都ウィーンで生まれました。父は、小さな小学校の校長でした。

 シューベルトは、小学校へ入るとまもなく、音楽がすきな父と兄から、声楽,バイオリン、ピアノを習い始めました。このころはとくに音楽家をめざしたわけではありません。ところが、だれもが思わず「天才だ」とたたえるほどの才能を発揮しました。それから1、2年もすると、父や兄から教わるものは、もう何もないほどになりました。

 「おとうさん、さっきの音は少しへんでしたよ」

 夕食ごのひととき、家族演奏会で父や兄が、ほんのちょっと音をまちがえることがあります。すると、だれも気がつかないのに、いちばん小さいシューベルトには、すぐわかってしまいます。

 まもなく8歳になったシューベルトは、教会の聖歌隊の先生から、音楽を学ぶようになりました。しかし、またたくまに、やっぱり教わることがなくなってしまいました。先生が、新しいことを教えようとすると、シューベルトは、どんなことも、もうすでに知っているのです。

 「シューベルト君の理解の早いのには、おどろくばかりです。ぜひ、音楽家にしてあげてください」

 先生は、父のところへ来て、シューベルトを音楽家にすることをすすめました。でも、父は、わが子がどんなにほめられても、首を横にふるばかりでした。

 父には、シューベルトがすぐれた音楽の才能をもっていることは、よくわかってはいましたが、安定した生活をおくらせるために、自分のあとを継がせて教師の道へ進ませることを心に決めていたからです。


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