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聖徳太子

表紙
聖徳太子(574-622)
大陸文化をとり入れて冠位、憲法を定め、仏教を広め、古代日本の扉を大きく開いた皇子。

「聖徳太子」読書の手びき

 4世紀の初めころから645年に大化の改新が始まるまでの、日本の国の政府を、大和朝廷とよびます。3世紀末ころまでの日本は、まだ国が1つにまとまらず、豪族ごとの小さな国が分立していましたが、4世紀以降、大和国(奈良県)を中心に諸豪族が連合して、天皇を中心にした統一国家的な機構をつくりあげていったのです。この時代は天皇を大王とよんでいました。天皇という称号が用いられるようになったのは、聖徳太子が生きた推古天皇のころからだとされています。したがって、推古天皇の摂政として国の政治をおこなった太子は、大和朝廷の最後の時代に、大化の改新によって新しい律令制国家が生まれる基礎をつくりあげた人だ、ということができます。律令というのは、法律のことです。太子の、十七条憲法の制定、遣隋使の派遣による大陸文化の導入、仏教の奨励による人心の安定などがなければ、大化の改新も実現しなかったかもしれません。ここに、太子の名が日本史に大きく残るゆえんがあります。横暴な義理の父の蘇我馬子をおさえて思いどおりの政治を進めることは、人間としてもたいへんだったはずです。馬子と強く衝突せずにすんだのは、太子が、すぐれた人物であったうえに仏教を正しく信仰していたからではないでしょうか。太子を超人間として伝える伝説には、いつわりが少なくないようです。しかし、30年たらずで成し遂げた業績をみると、偉大というほかありません。

文:有吉忠行
絵:岩本暁顕
編集プロデュース:酒井義夫

 
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