世界文学の最高けっ作といわれる『戦争と平和』を書いたレフ・ニコラエウィッチ・トルストイは,1828年に,ロシア西部のヤスナヤ・ポリャーナという村で生まれました。父も母も,貴族の出身でした。それに家は,およそ700人の農民をかかえる大地主でした。
2歳のときに母,10歳のときに父,11歳のときに祖母を亡くし,少年時代のトルストイは,兄や妹とともに,おばの手で育てられました。
まるで王子のような生活で,なにひとつ不自由なことはありませんでした。でも,つぎつぎに肉親の死にめぐりあったことで,トルストイは,人間の死や人生の苦しみを深く考えるようになりました。
16歳でカザン大学へ入りました。しかし,19歳で退学してしまいます。勉強がきらいだったわけではありません。型にはまった授業を受けてみても,人間の生きる道をつかむことができなかったからです。
「静かなふるさとで,生きがいを見つけよう」
トルストイは,村へもどって,まず自分がりっぱな地主になることを学び,貧しい農民たちをしあわせにしてやろうと考えました。
ところが,じっさいに地主の仕事を始めてみると,その理想は,実現することなく終わってしまいました。農民たちにやさしい言葉をかけてやることはできても,貴族の生活しか知らないトルストイには,貧しい農民の苦しみを,ほんとうに理解することはできなかったのです。また,地主が土地をひとりじめして,農民たちをどれいのように使う社会のしくみを改めずに,人びとをしあわせにしてやろうとしても,むりなことでした。
「わたしは,貴族も農民も平等の人間だと信じている。でも,どうしても,農民たちと心が通じあわなかった」
トルストイは,自分の力がたりなかったことを悲しみました。そして,夢がやぶれた苦しさからのがれるために,いつのまにか,酒におぼれた生活をつづけるようになってしまいました。