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豊田佐吉


豊田佐吉
(1867ー1930)
機おり機の研究と改良に一生をささげ、日本の紡績産業の発展に力をつくした努力の人。

「豊田佐吉」読書の手びき

豊田佐吉は、子どものころ習字とそろばんを習ったていどで、教育らしい教育はほとんど受けていません。機械技術を人に教わったわけでもありません。およそ40年のあいだ、ただひたすらに自分の頭だけで研究を続けて、自動織機を完成させました。「私は頭がよかったのではない。努力しただけだ」と語っているのはとうぜんです。しかも、研究費も、すべて自分でつくりださねばなりませんでした。40歳のとき、三井物産系の事業家たちに望まれて、いっしょになって豊田式織機会社を設立しました。ところが、重役たちは機械を売って利益をあげることばかり考え、研究費をだそうとしませんでした。それどころか会社が軌道にのると、佐吉はやめさせられてしまいました。その後、佐吉は、自分で紡績会社をつくり、その利益で研究を続けたということです。こうして完成した自動織機は、日本の紡績産業の発達に、すばらしい光を与えました。そのうえ、もうひとつ、そのころの日本人に大きな贈りものをしました。それは、明治時代以降、外国の科学技術を導入するか真似をすることしか知らなかった日本人に、「よし、日本の科学技術は日本人の手で」という意欲を起こさせたことです。佐吉の死ご、豊田自動織機製作所は長男の喜一郎にひきつがれ、1933年には、製作所で自動車の生産も始められました。のちのトヨタ自動車です。これも、日本の科学は日本人の手でという刺激が、花を開かせたのではないでしょうか。

文:浜祥子
絵:木村正志
編集プロデュース:酒井義夫

 
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