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湯川秀樹


湯川秀樹
(1907−1981)
中間子を発見してノーベル賞にかがやき、戦後は世界平和をさけびつづけた理論物理学者。

「湯川秀樹」読書の手びき

広島、長崎の被爆体験をもつ日本人は、原子といえば、それはただちに原子爆弾にむすびつきます。湯川博士のとりくんだ研究が原子核物理学だといえば、もうそれだけで原子爆弾を想像する人があるかもしれません。しかし、博士の研究が、人類滅亡に荷担するものではなかったことは、あまりにもとうぜんです。物質を形づくっている原子の、構成や運動法則をつきつめようとするのが原子物理学です。そして、原子状態の変化にともなって生じる力を生かして使おうとするのが、原子エネルギーの平和利用です。ところが、それが政治に悪用されると、人を殺す兵器にすり変わってしまいます。博士は、ノーベル物理学賞を受賞したあと、元東大教授茅誠司らとつくった世界平和アピール7人委員会の委員として、また、世界連邦主義者世界協会の会長として「原子戦争は人類の破滅を予想させる。国と国との冷たい対立を除いて世界人類の平和を確立するために、国連を世界連邦にまで発展させよう」と訴え続けました。科学者としての良心が、博士に、このような行動をとらせたのでしょう。日本が被爆国であることのいきどおりと悲しみも、胸の奥にあったはずです。日本における原子核物理学の研究は、仁科芳雄博士から湯川博士、朝永振一郎博士などへとひきつがれてきました。科学は、たったひとりで完成されるものではなく、長い時間をかけて、多くの科学者の力で真理が究明されていくものです。若い科学者の輩出と、信頼できる科学の発展を期待したいものです。

文:有吉忠行
絵:木村正志
編集プロデュース:酒井義夫

 
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