レディバードブックス100点セット
 

 

笛ふき男

 昔むかし、はるか昔、ハーメルンの人びとは、あまり幸せではありませんでした。そして、それには十分なわけがありました。彼らの町にねずみがはびこっていたのです。ねずみは何百匹、何千匹も、至るところにいました、そして、その数は日に日にふえていました。ねずみはどこへでも入っていきました、どの物置にも、どの貯蔵室にも、どの家にも、どの戸棚にも。

 おお、彼らは食いしん坊のねずみでした。彼らは冬にそなえて貯蔵してあった小麦をすべて食べつくしました。チーズは作るそばから食べられてしまいました。果物はもぎとるとすぐに、ねずみにガツガツと食べられてしまいました。彼らはバケツから牛乳を飲みました。彼らはたるの中のぶどう酒やビールも飲んでしまいました。やがて、町の人びとの食べものや飲みものは、ほとんど何もなくなってしまいました。町はほとんど住むに価するところではなくなりました。

 母親は、子どもたちやゆりかごの中の赤ちゃんたちをいつも見張っていなければなりませんでした。彼女らは夕食のために料理している食べものから目を離すこともできませんでした。目を離せば、大きく大胆なねずみがやってきて、食べものを全部食べつくしてしまうのです。ねずみはなべの底まできれいになめてしまって、お腹のすいた家の人たちに一口も残さないのですから。事態はひどいものでした。

 それだけでは十分ではないかのように、騒音も耳がつぶれるほどでした。町じゅう、ねずみのキーキー、チューチューという鳴きさわぐ声と、あわただしく走る音だらけでした。それを聞いたら、あなた方も頭がいたくなったことでしょう。昼間は、人びとは自分の話す声も聞こえませんでしたし、夜は、ほとんど一睡もできませんでした。

 なぜハーメルンの人たちは、町からねずみをとりのぞくために犬や猫を放さなかったのかと、あなた方は疑問に思うでしょう。ええ、彼らはそうしましたよ。戦いはすさまじいものでした。しかし最後には、ねずみがあんまり多すぎて、あわれな犬や猫の手に負えなくなり、犬や猫は町の外へ追い払われてしまい、こわがって町にもどってきませんでした。

 やがて、人びとは途方にくれました、そこで彼らは一団となって役所に押しかけました。彼らは重い木のドアをたたいて、市長と話したいと要求しました。

 市長が出てくると、人びとはたいへん怒って、こぶしを彼につき出しました。

 「町や食べものをねずみと分け合うのはもうたくさんだ。あなたはそれについて何かするべきだ。この厄介ものを退治する方法をみつけないと、われわれは新しい市長をみつけるぞ」
そう言うと、彼らはくるりと向きを変えて、お互いにぶつぶつ文句を言いながら家へもどっていきました。

 そのような次第でした。市長はこの問題から抜け出す方法を考えるか、または、新しい仕事をみつけるかしなければならなくなりました。さて、この市長は自分をたいへん立派な男だと思っていました。彼は欲深な男でしたが、たいへん利口でもありました。彼は町からねずみを追い払った人には、賞金を与えようと決めました。彼は1千ギルダーを与えると約束しました、それはたいへんな額です。そして、それは市長が実際に持っているよりもはるかに多い金額でした。

 ねずみ捕獲人がドイツじゅうからやってきました。彼らはねずみを捕えるために、自分が知っているあらゆる方法でやってみました。彼らは網を張ったり、わなを仕掛けたりしました。毒薬を使ったり、穴からいぶり出したりもしました。しかし、彼らが何をやってみても、しっぽをぴんとあげ、ひげをぴんとさせたねずみは、以前よりも数を増したように思われました。

 すると、ある日、市長があきらめかかったとき、見知らぬ男が町に現れました。彼は役所に行って、市長に面会を求めました。
さて、これはへんてこな人でした。彼は背が高くてやせており、顔にはあざけるような微笑が浮かんでいました。目は鳥のように鋭く、光っていました。彼が話すと、目がダンスをするように動きました。
しかし、もっとも変なのは彼の衣服でした。彼は長いぼろぼろのガウンを着ていて、その広い袖は地面につきそうでした。ガウンの半分は黄色で、あとの半分は赤でした。
腰のまわりには皮の帯をしめていて、そこに長くて細い笛をさしこんでいました。笛には神秘的なしるしや点が彫られていました。帽子には長い房がついていて、その先には彼の動きにつれて鳴る鈴がついていました。

 市長も議員も、このような人を見たことはありませんでした。彼らはその人が何のために来たのか想像できませんでした。市長は彼を追い払いたかったことでしょう、しかし、その見知らぬ人には市長をぎょっとさせる何かがありました。
「私に何かご用ですか」 と、市長はたずねました。

 「私は、まだら服を着た笛ふきと呼ばれています」 と、男は言いました。
「私は、あなた方のこの町からねずみを追い払い、1千ギルダーをかせごうとやってきたのです、閣下」 彼はお辞儀をしました、そして彼の唇には、あたかも冗談を楽しんでいるかのような奇妙な微笑が浮かびました。

 「もし、あなたが言うとおりのことができれば、1千ギルダーをさしあげましょう、約束します。しかし他のすべての人が失敗したのに、なぜあなたは自分が成功すると思っているのですか」 と、市長はたずねました。
笛ふきはまたほほえみました。
「私の奏でる音楽です、だれも反抗できません」

 それから彼は向きを変え、役所を出て、大通りへと歩いていきました。
そこで彼は笛を軽く唇に当てました、するとかん高い調べが町じゅうにひびき渡りました。その調べが風に乗ってさらに遠くの方へ流れるにつれ、事が起こりはじめました。まず、軍隊が行動を起しているかのような、がやがや、ころころという音が聞こえてきました。つぎは騒ぎまわる音やざわめく音が聞こえ、さらにキュウキュウ、チュウチュウという音が聞こえ、ねずみたちが家からどんどん出てきはじめました。ねずみたちは窓から、ドアから、屋根裏部屋や地下室から、あらゆる隅やかくれ穴から出てきました。

 あらゆる種類のねずみがいました。大きなねずみに、小さなねずみ、黒いねずみに、灰色のねずみ。抜け目のないすばしっこいのもいましたし、のろまでねずみには不向きのものもいました。お父さんねずみ、お母さんねずみ、姉妹ねずみ、兄弟ねずみ、みんなどんどん出てきました。すぐに笛ふきはねずみに囲まれてしまいました。夜になりかかると、笛ふきは通りを進んでいきました、すると、ねずみたちは彼の後をどっと追いかけました。

 彼は落ち着いた足どりで町からねずみたちを連れ出し、広いウェーザー川までやってきました。まだ笛を吹きながら、彼はボートに乗りこみ、深みへとボートを動かしました。いつまでも続くドブンという音とともに、ねずみたちは暗い川にとびこみました。彼らは溺れ死にました、最後の1匹までも。

 それで、ハーメルンの町では大喜びでした。人びとはうれしがって教会の鐘を鳴らし、踊ったり、歌ったりしました。彼らは穴をふさぎ、巣を引きずりおろしました。彼らはねずみのいたあとがわからなくなるまで、すべての損害を修繕しました。すぐに、ハーメルンにはねずみがどこにもいなかったように思えるようになりました。

 市長は自分のことを誇らしく思いました。町の人たちも市長のことを誇らしく思いました。市長はささやかなほうびとして、新しい上着と新しい金の鎖をもらってもいいと思いました。結局、町からねずみがいなくなったのは、彼のアイディアのおかげでしたから。彼は自分たちの幸運を祝って、友人たちを晩さん会に招待しようと決めました。しかし招かれない人が1人いたのです。それはだれかと、たぶんあなた方はおたずねになるでしょう。彼らはすっかり興奮して、まだら服を着た笛ふきのことを忘れてしまったのです。とりわけ、彼に約束した1千ギルダーのことを忘れてしまっていました。

 市長とその友人たちが祝宴を楽しもうと席に着いたとき、ドアをたたく大きな音がしました。それはまだら服を着た笛ふきでした。彼は約束のお金をもらいにやってきたのです。しかし、お金はそこにはありませんでした。市長はその大部分を使ってしまったのです。彼は新しい上着を着、新しい金の鎖をつけて、まわりにたくさんの友人をおいて立っていました。彼はほんとうに苦しい立場にいました。

 「さて、私はどうすればよいのだろう」 と、市長は思いました。「私にはそんなにたくさんのお金はないし、それについて私ができることは何もない。笛を吹いただけで1千ギルダーだって。そんなにたくさん払えば、人は私のことを気狂いと思うに違いない」
「50ギルダーで満足してもらいたい」 と、市長は笛ふきに言いました。それはほんとうでした。残っているお金は50ギルダーしかなかったのです。

 さて、笛ふきは、こんなばかげたことをがまんできるような男ではありませんでした。「あなたは1千ギルダーくれると約束しました、もし私があなただったら、すぐに支払うことでしょう。私は、いろんな種類の曲を吹くことができますよ、そのことで、あなたが損をしたことがわかるかもしれませんね、私のすばらしい友よ」
この言葉をきいて、市長はたいへん怒りました。

 「おまえは私を脅迫しようというのか。このうろつきまわる放浪者め。50ギルダーだけやろう。それを持っていくか、それとも置いていくか。ねずみたちは死んでしまった、どんなひどいことでもやるならやってみろ」

 「よろしい」 と笛ふきは言い、口をねじ曲げて例の微笑を浮かべました。
再び彼は通りに出て、笛を軽く唇に当てました。こんどはまったく別の調べが流れ出ました。

 それは笑いと幸福のやさしい音でした。それはすばらしい物語を語るかのようでした、そして、聞く人を1節もききもらさないようにと緊張させるのでした。それはあなた方を踊りたくさせ、それが導くところへはどこにでもついていこうと思わせる音楽でした。ハーメルンの子どもたちはそれを聞くと、やっていたことをほっぽり出してかけだしてきました。彼らは遊戯室や教室から、保育所や仕事場から、笑いながらかけてきました。町じゅうのどの子どもも、魔法の笛のおどろくべき音楽に引き寄せられました。

 町の人たちはじっと立って、子どもたちが手を取り合ってその楽しい仲間に加わろうと集まるのを見守っていました。音楽のつづるお話に聞き入って、子どもたちの頬は赤らみ、目はきらきらと輝きました。笛ふきが通りを進み、町から出ていくと、子どもたちも彼の後に続きました。どの子どもも自分の足に合わせた速さでついていきました。足の速い子はすぐ後についていきましたし、小さな足の悪い少年はゆっくりとついていきました。人びとは子どもを呼びもどそうとしましたが、子どもたちには、まだら服を着た笛ふきの音楽だけしか聞こえませんでした。

 こんどは、ウェーザー川に着くと、笛ふきは幅の広い木の橋を渡りました。町の人たちは子どもたちが無事向う岸に着いたのを見て、安心のため息をつきました。彼らは、子どもたちがやがて疲れて家にもどってくるだろうと確信しました。しかし、笛ふきはさらに彼らを連れていきました。
彼らが森の中を通るとき、彼の音楽のやわらかい調べは木の中から、また外からただよってくるようでした。子どもたちは、高いかしの木やぶなの木の間を、はねたり踊ったりして進んでいきました。

 とうとう、彼らは険しい山の中腹に着きました。「さあ、彼も止まらなければならないぞ」と、人びとは思いました。「彼だって子どもを連れてあの山を越えることはできまい」 しかし彼らは笛ふきの力について何も知らなかったのです。突然、山の中深くに続く入口が現れました。笛ふきはその広い洞穴へと入っていき、子どもたちはずっとはねたり踊ったりしながら、彼の後に続きました。1人を除いてすべての子どもが中に入ってしまうと、洞穴は、まるで、かしの戸が重くしまるようにパタンとしまってしまいました。洞穴あるいは入口のあとは何も残っていませんでした。前から何もなかったかのようでした。

 たった1人の子どもが残りました、小さな足の悪い少年が。友だちに追いつくことができなくて、彼は取り残されてしまったのです。彼は懸命にさがしましたが、堅い岩を通り抜ける道はみつかりませんでした。とうとう、彼は悲しくがっかりして家に帰りました。人びとは彼を迎えにかけ寄りました。彼は、音楽が子どもたちをすばらしい土地に連れていこうとどんなふうに約束したか、その音楽についていくのがどんなに楽しかったかを話しました。

 ときおり、その小さな少年は、町から遠く離れたその場所へ行きました、そこでときどき不思議な音楽を聞くことができました。その音楽は山の内部から、聞こえてくるように思えました。それもかすかに、まるで遠く旅をしてきたように。その音楽はたいへん美しく、彼はそれについていきたくてたまりませんでしたが、そこへ行く道はありませんでした。ハーメルンの町に子どもの楽しそうな声がふたたび聞こえるようになるのには、多くの年月がかかりました。


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