レディバードブックス100点セット
 

 

三銃士

 1625年4月のある朝、フランスの小さな町マンは大騒ぎになっていました。当時のフランスでは戦闘は日常茶飯事でした。国王は野心家の枢機邸リシュリューと争っていました。リシュリューは王様と同じくらい勢力を得たいと思っていたのです、領主たちも争いに明けくれ、スペインはいつ攻めてくるかわからない状態でした。国じゅうのどこかでほとんど毎日、必ずもめことが起きていました。
この日にかぎって宿屋の前に人だかりができていました。ことは1人の若い男が、やってきたことから始まりました。その男は町の人が見たこともないへんてこな馬に乗っていました。それは見ている人の多くが思わず吹きだしてしまいそうになるほど、おかしな格好だったのです。ただ本当に笑う人がいなかったのは、その若者の腰にさしていた剣が長く、目が誇り高く輝いていたからでした。
若者の名前はダルタニアンといいました。彼は、パリへ行く途中で、パリへ行って、なにがなんでも近衛の銃士隊員になってやろうと思っておりました。ダルタニアンはお父さんに書いてもらったド・トレビル様あての手紙を持っていました、トレビル様はダルタニアンのお父さんの昔の友人で、今は銃士隊長を務めているのでした。
ダルタニアンは馬を降りたとき、こめかみに傷のある男が、宿の開いた窓のところにすわっているのをみつけました。その男は仲間の2人と話をしています。その人たちの笑い声を耳にしたダルタニアンは、明らかに自分が笑いものになっていることに気づきました。

 これは彼のがまんの限度を越えていました。
「何を笑っておられるのか、おきかせ願いたいものだ」 と、彼はひどく腹を立てて言いました。「そして、いっしょに笑おうではないか」
「私はあなたに話しかけた覚えはないが」
「私のことを笑っていたのではないのかな」 と、ダルタニアンは剣をぬきながらつめよりました。
「私は気のむくままに笑うのだよ」 と、その男の人は答えて、窓べからはなれると入口のところにふたたび姿をあらわしました。ダルタニアンは怒ってその男に突きかかりました。相手もびっくりして剣をぬきました。そのとき、宿屋の主人と、そばで見ていた人の何人かが、争いを止めようとやっきになってダルタニアンにとびかかりました。この乱闘でなぐられてのびてしまったダルタニアンは、介抱をうけるために宿の中に運びこまれました。

 宿屋の主人がもどってくると、傷のある剣士がダルタニアンの具合はどうかとたずねました。
「すぐによくなりますよ」 と、宿屋の主人は答えました。「どこの若者かは知りませんが、あの男はパリのトレビル様あての手紙を持っていました」
「本当か」 他の男が警戒するように言いました。「その手紙の内容を知りたいものだ。あの若者め、やつはまずいぞ。勘定をすませてくれ。すぐに発つ。ミレディに会わなければならんが、彼女をやつの目にふれさせたくないのでな」
やがてなかば正気をとりもどしたダルタニアンは、足をひきずるようにして中庭へ出ていきました。彼が最初に目にしたのは、あの剣士が馬車に乗っている美しい娘と話しているところでした。

 「それで、枢機卿のご命令は何でしょうか」 と、彼女がききました。
「あなたはただちにイギリスへ戻らなけれればなりません。そしてバッキンガム公を見張っていてください。彼がロンドンをはなれたらすぐに枢機卿にご報告するようにとのことです。私はパリへ戻ります」
ダルタニアンは前におどり出ました。
「さあ、相手になってもらおう。それとも、女性の前でこの私から逃げるつもりかね」 と、つめよりました。
ミレディは自分の話し相手が剣に手をかけたのを見ると、彼の腕に手をふれました。
「遅れては計画が水の泡よ、お忘れにならないで」
「そのとおりだ」 彼は同意しました。「あなたはあなたの行き先へ。私は私の方へ行きますから」
剣士がこう言うと、御者は馬にむちを当て、馬車は走りさりました。剣士は自分の馬にひらりとまたがると反対の方向へ全速力でかけていきました。
「おくびよう者!」 と、ダルタニアンがうしろから叫びましたが、彼は行ってしまいました。
ダルタニアンはパリへ向けて出発しようとしましたが、そのときトレビル様への手紙がなくなっていることに気がつきました。
「手紙。手紙がないぞ!」
宿屋の主人は、あわてていいわけをしました。

 「あの剣士が持っていったにちがいありませんよ。あの方はその手紙にとても興味を示していましたから」
手紙はもう永久に戻ってきそうもありませんでした。ダルタニアンにできることは、トレビル様が紹介状なしに彼に会ってくれるように期待することだけでした。

 トレビル様は国王ルイ13世の親友でした。当時のような混乱の時代に、フランスの統治者はこの勇敢な男をそばに必要としたのでした。トレビルは近衛銃士隊という勇敢な男たちの一団を率いており、彼らは国王を守ることだけを仕事にしていました。
国王とはり合うほどの勢力を国じゅうにもっていたリシュリュー卿も自分の部下──つまり親衛隊をもっていました。彼と国王はいつも部下の勇気を自慢しあい、ひそかにけしかけては部下を争わせていたのでした。
トレビル様の本部には、いつもたくさんの銃士たちが集まっていました。ダルタニアンは本部につくと、興奮して胸をどきどきさせながら、彼らの間を通って進んでいきました。ダルタニアンはトレビル様に会うのを許されましたが、待たなければなりませんでした。その指揮者は、3人の騎士にこごとを言っているところでした。
「アトス。ポルトス。アラミス。おまえたちは往来でけんかをして枢機郷の護衛士どもにおさえられたそうだな。まったく困ったことをしてくれたもんだ!」
「しかし、しかけてきたのはやつらの方です! 我々は応戦してやつらをふりきってきたにすぎませんよ」 と、3人の銃士は反論しました。
「枢機郷は、私にそうは言わなかったぞ」 と、トレビル様は低い声で言いました。「が、私の部下たる者が無駄に命を危険にさらすことは許さないからな。国王陛下は勇敢な銃士を必要としておられるのだ。よし、おまえたちはもう行ってよいぞ、私はこの若者と話がある」

 ダルタニアンが熱心に自分が何者であるかを告げると、トレビル様はにっこり笑いました。
「私はきみの父上のことが大好きだった。その息子に何をしてやれるかな」
ダルタニアンは銃士隊に入るためにパリに来たことを説明しました。
「それは今すぐというわけにはいかないな」 と、トレビル隊長は言いました。「ふつうの連隊に勤めずにいきなり銃士隊の一員になることはできないのだ。しかし、こうしよう。きみを王立武芸学校に行かせてやるから、そこで馬術と剣術を修めることにしなさい。そして、その成果を私に報告するようにな」
トレビル様にお礼を言うと、ダルタニアンは幸運に胸をおどらせながら部屋を出ました。外へ出る途中でダルタニアンは、運悪く先ほど隊長の部屋で会った銃士に次々に出くわしました。トレビル様にお説数されてまだ機嫌の悪かった3人はささいなことで腹を立ててしまいました。ダルタニアンが彼らの神経をひどく逆だてるような態度をとったので、気がついたときには全員と決闘することになってしまっていたのでした。最初は正午にアトスと。その次がポルトスで1時に。そして3人目はアラミスで2時に!
意気消沈して、ダルタニアンは自分自身にいいきかせました。「もう後には退けないぞ。だが、少なくとも死ぬとしたら銃士の手にかかって死のう!」

 ダルタニアンはパリには1人も知人がいませんでした。彼は力いっぱい戦うぞと心に決めて、アトスに会いにいきました。アトスが着いたとき、彼は2人をいっしょに連れてやってきていました。3人の銃士はそれぞれの決闘相手が同じ若者であったことを知っておどろきました。
「みなさんおそろいですので、ひと言おわびを申しあげておきましょう」
と、ダルタニアンは言いました。
ダルタニアンの 「おわび」 という言葉で、3人の銃士の顔にさげすみの色がうかびました。彼らはダルタニアンを臆病者だと思ったのです。ダルタニアンはかっとしました。
「勘違いなさいますな。おわびというのは、万一私がみなさん全員のお相手をできなくなった場合のことを言ったまでのこと。アトス殿が最初に私を殺す権利をお持ちだ。ではご同意を──いざ!」
ダルタニアンは、可能なかぎり堂々と剣を抜きました。アトスが、まさしく自分の剣を抜いたとき、枢機脚の護衛士の一隊が姿をあらわしたのです。
「剣をおさめろ!」 ポルトスとアラミスが同時に叫びましたが、遅すぎました。
「果し合いですかな.騎士の方々」 と、護衛士の1人がからかうように言いました。「果し合いは禁じられている。剣をおさめなさい。連行します!」
「そうはいかない! こちらはたかだか3人だが、だまって連行されるわけにはいかん」と、3人の銃士は叫びました。

 「いや3人ではありませんぞ──こちらは4人だ。私にもかかってきたまえ」
と、ダルタニアンは落ち着いてこう言いました。
「名は何という、勇ましいの」 と、アトスがたずねました。
「ダルタニアンといいます」
「よろしい。それではアトス、ポルトス、アラミス、ダルタニアン、行くぞ!」
剣と剣がぶつかり合い、剣士たちは声をあげ、猛然と前後に動いて戦いました。枢機卿の護衛士たちも腕のたつ者ばかりでしたが、ついに銃士たちに蹴散らされてしまいました。やがて4人の剣士たちは腕を組んでトレビル様の本部へひきあげました。

 ダルタニアンの胸は誇りで高なりました。
「私はまだ銃士ではないが、少なくとも見習程度にはなったはずだ」
この事件は大きな騒ぎをひき起しました。トレビル様は表向きは銃士たちをしかったものの、内々彼らに喜びの言葉を与えました。国王も事件を知り、ダルタニアンの勇敢さに心をとめました、そこで国王はダルタニアンをデサール様の護衛隊に見習として配属してくれました。
以来ダルタニアンと3人の騎士は大の親友となったのでした。ダルタニアンはパリの暮しや、国王ルイ13世の宮廷のこと、それから美しいアンヌ王妃のこともわかるようになりました。ダルタニアンは幸せで、自分も銃士になれる日を楽しみにしていました。

 ある日、ダルタニアンが自分の部屋で休んでいると、大家のポナシウさんが会いに上ってきました。
「ダルタニアン、私はあなたがたいへん勇敢な若者だと開いています。助けてもらいたいのです。妻のコンスタンスがさらわれてしまったのです!」
「さらわれたですと」

 「妻は王妃様のお針子なのです」 ポナシウさんは説明しました。「ただのお針子ではありません。王妃様が信頼なさるに足る数少ない人間の一人なのです」
ダルタニアンは王妃のことについて、いろいろ聞きおよんでいました。王妃はさびしい方でした。国王が王妃をもう愛していないことは周知のことでした。枢機卿が一度いい寄ったことがありましたが、王妃は受け入れませんでした。それで枢機卿は今、腹いせに彼女に対してよからぬことをたくらんでいたのです。イギリスで大きな政治権力を持っていたバッキンガム公は王妃を深く愛していました。しかし、イギリスとフランスは仲が良くなかったのです。

 ポナシウさんはため息をつきました。
「妻は、王妃様の秘密をききだすためにさらわれたのだと思います。つい先日あれが申しますには、王妃様はいたくおびえておられるそうです。枢機卿が王妃様の名をかたってバッキンガムに手紙を書き、公をパリにおびきよせてわなにはめようとしたのだと、王妃はお考えになっています」
「枢機卿が奥さんをさらったと思うのですね」
「おそれながらそう思います。妻が連れさられたときに枢機卿の手の者が目撃されています。こめかみに傷のある剣士です」 と、ボナシウさんは答えました。
ダルタニアンははっとしました。
「お話では、そいつは私がマンで会ったやつのようだ」 と、叫びました。
「助けていただけませんか」 と、ポナシウさんはたのみました。「あなたはいつも銃士の人たちといっしょにおられる。あなたがたにとって枢機卿は敵でしょう。あなたと友人の方がたは王妃様の力になり、よろこんであいつの計画を阻止してくれるだろうと思っていました」

 「できるだけのことをしましょう」 と言って、ダルタニアンはひき受けました。「それにもし奥さんを連れさったのが私の考えているやつだとしたら、マンでの一件の仕返しができるというものだ!」

 ダルタニアンはすぐにアトス、ポルトス、アラミスの3人に、コンスタンス・ボナシウ夫人が行方不明になったことを知らせました。
「この夫人はその忠実さのために事件に巻きこまれたのだ。それに私は、王妃の身の安全も心配しているのだ」 と、彼は3人に言いました。
「王妃は、我々の敵であるスペイン人やイギリス人びいきだという話だが」
と、アトスが言いました。
「王妃はスペインの出身だからスペイン人びいきは至極あたりまえだし、イギリス人というのは──むしろただ一人のイギリス人、英国第一の臣下であるバッキンガム公のことだ。そして枢機郷とその部下のやつらは、バッキンガム公が王妃に心をよせているのを利用して、何かよこしまなたくらみをしているらしいのだ」 と、ダルタニアンは指摘しました。
枢機卿が彼らの本当の敵だったので、銃士たちの意見はまとまりました。
枢機卿のたくらみを、ぶちこわすことができるなら、彼らの首をかけてもやってみる価値がありました。コンスタンス・ポナシウ夫人がさらわれたことは、この陰謀の鍵でした。彼女をみつけださなくてはなりません、ダルタニアンと3人の騎士は協力して夫人をさがすことにしました。
4人はそれぞれ手をさしのべ、一斉に、「我らは4人常に一体となって事にあたろう!」 と、叫びました。

 ダルタニアンの役目は、ポナシウさんの下宿屋を上の階の自分の部屋から見張っていることでした。ポナシウさんは連行されてしまい、下宿屋は枢機卿の護衛士たちがわなとして使っていました。そこへやってくる人はみんな連れていかれ、王妃の用事について何か知っているのではないかと取り調べをうけました。
ある夜明け、ダルタニアンは階下に悲鳴をききつけました。女の人の声だと気づいたので、ダルタニアンは剣を抜くと助けにかけつけました。その女の人はなんとポナシウ夫人その人でした! 彼女は逃げ出して家に戻ってきたのでした。枢機卿の部下たちが彼女を追ってきていたのですが、ダルタニアンの攻撃におどろいて逃げていきました。
「助けてくださってありがとうございました!」 ボナシウ夫人は叫ぶように言いました。「私は行かねばなりません──王妃様のためにしなければならないことがあるのです」
数時間後ダルタニアンは、暗い通りで彼女をみかけびっくりしました。彼女は1人の銃士といっしょにいたのです、その男はアラミスに似ていました。2人は何をしていたのでしょう。ダルタニアンは急いで彼らに近づき話しかけようとして、その男が銃士の服で変装した外国人であることに気がつきました。バッキンガム公だったのです! コンスタンス・ボナシウ夫人は彼をこっそり王妃様と会わせるためにルーブルへ連れていくところでした。

 「どうかみのがしてください。でないと私たちはみな破滅してしまいます」
と、ポナシウ夫人はたのみました。
ダルタニアンはバッキンガム公の手を握りました。
「無事にあなたがルーブルに着かれることを保証します」

 ルーブルに着くと、ポナシウ夫人はバッキンガム公を、とある静かな客間に通しました。彼は王妃からのものだと思われる伝言に応じてパリにやってきたのでした。パリに到着してすぐに、彼はそれが枢機卿によって仕組まれたわなであることを知りました。
イギリスの公爵は我身が危険にさらされているのを承知の上で、王妃に会うまではロンドンへ帰らないことにしました。彼は忠実なコンスタンス・ボナシウ夫人が王妃を彼に会わせにお連れするまで、おそれずに待ちました。

 バッキンガム公は王妃が部屋に入ってくるとふり向きました、彼女の美しい顔に血の気が失せています。彼女は彼にイギリスに戻ることと身の安全を懇願しました。そして、二度とおしのびで会いにこないように約束させました。危険この上もなかったからです。
「あなたをお守りする護衛の人びとを連れて大使としておいでになってください。そうすれば私も安心していられます」 と、彼女は言いました。
「わかりました。何かあなたのお持ちになっているものをください、指輪かそれとも首かぎりか。身につけてあなたを思い出すことにします」 と、バッキンガム公は応じました。
アンヌ王妃は、紫檀の木でできた小箱を彼の手にわたしました。
「どうぞ、これをお持ちになってください、さあ手遅れにならないうちに早く行ってください!」

 王妃は知りませんでしたが、リシュリュー卿はすぐに彼女がバッキンガム公と秘密裏に会ったことを知りました。この知らせをもたらしたのはロシュフガール伯でした、この男こそマンの町でダルタニアンを怒らせた男でした。彼は枢機卿の手先として、王妃の身辺へスパイを送りこんでいたのでした。
「王妃がバッキンガム公と会い、公はすでにイギリスに発ちました」 と、彼は枢機卿に報告しました。
「では我らの計画は失敗だな」 と、枢機卿は腹立たしげに言いました。
「王妃はバッキンガム公に贈物をしました」 と、ロシュフォールは続けます。「王が王妃の誕生日に贈った、ダイヤのかざりボタンが12個入っている小箱です」
「よし、よし!」 枢機郷は突然ほくそえみました。「まだ打つ手はあるわい」
枢機郷は机に向かうと、1通の手紙をしたためました。それを自分の印で封をすると召使を呼びにやりました。
「これを持って、ただちにロンドンへ行ってくれ。どこへも寄らずにまっすぐ行くのだぞ」と、彼は命令しました。
手紙にはこう書かれていました。
「ミレディ・ド・ウィンチル夫人へ──バッキンガム公が出席する最初の舞踏会においでください。彼は胴着の上にダイヤのかざりボタンを12個つけているはず。そのうちの2個をお切りとりください。手に入れたらすぐに知らせてください」

 バッキンガム公がパリに潜入したことを次に知ったのは国王ルイ13世でした、枢機卿が自分で主に知らせたからです。国王はバッキンガム公が何のためにパリにきたのか知りたがりました。
「うたがいもなく、陛下の敵と共謀するためでございます」 と、枢機卿は答えました。
「妃に会いにきたのだ!」 と、王は猛然と主張しました。
「私にはそうは思われませんが」 と、枢機郷は言いました。彼は国王が妃に対し疑念をいだいていることを知っていました。「しかし伝え聞くところによればお妃様は今朝すすり泣いておられ、日がな1日手紙を書いておられたとか」
「それをぜひ手に入れなければならん!」 と、国王は叫びました。

 そこで、ただちに大法官に命じて王妃の部屋を捜させたのですが、発見された手紙は王妃の兄にあてたものばかりでした。それらの手紙にはフランスにおける枢機卿の権力に対する非難の言葉はあっても、ハッキンガム公のことは1つも書いてありませんでした。国王は喜びました。
「枢機卿よ、私の思い違いであった」 と、国王は認めました。「あれは私に忠節をつくしておる」
枢機卿は深くおじぎをすると次のように言いました。
「それでは、お妃のために何かよろこばせてさしあげるのがよろしいかと存じます。陛下、舞踏会をなさいませ。お妃様は踊りがお好きでこぎいます。陛下がお妃様の誕生日に贈ったあの美しいダイヤモンドを身につける、よい機会となりましょう」

 国王が舞踏会のことを話すと王妃はおどろき、そして喜びました。彼女は熱心に、それはいつも催されるのかとたずねます。王は、枢機卿がすべてを手配することになっていると告げました。しかし、1週間以上もの間、毎日枢機卿はなんだかんだと理由をつけて、舞踏会の期日をなかなか決めませんでした。
8日目にロンドンのミレディ・ド・ウィンテルから1通の手紙が届きました。それにはこう書いてありました。「あれば手に入れました。旅費をお送りくださればパリへ持ってまいります」
枢機卿はミレディが戻るのに10日から12日あればよいということを知っていました。自分のたくらみが計画どおり進行しているのに気をよくして、国王に舞踏会のことを話しました。

 「今日は9月20日でございます。例の舞踏会は10月3日、市庁で行うことにいたしました。それと陛下、お妃様にダイヤのかざりボタンを身につけるようおっしゃるのをくれぐれもお忘れになりませぬよう」
国王が舞踏会はもうすぐ開かれると告げると、王妃は喜びました。しかし、王妃の喜びはすぐにショックに変りました。
「一番きれいな服を着てきてほしい。誕生日に贈ったダイヤのかざりボタンをつけてな」 と、国王は王妃に言いました。

 王妃は王をじっとみつめました。
「舞踏会はいつでございますか」 と、力なくたずねました。
「枢機卿が10月3日にするようとりまとめたと言っておる」 と、国王は答えました。枢機卿の名をきいてアンヌ王妃は青くなりました。
「ダイヤのかざりボタンをつけるというのも、彼の言いだしたことですの」
「もしそうだとしたら、どうだというのかね。私は何か無理なことをたのんだかね」 と、国王はたずねました。
「いいえ、そんなことは」 王妃はかぶりを振りました。
「それでは私の希望どおりにしてくれるだろうね」
「もちろんでこぎいます、陛下」

 ひとたび国王が行ってしまうとアンヌ王妃は、絶望のあまりぐったりと椅子に倒れこみました。
「もうだめだわ。枢機卿はすべて知っているに違いない。どうすればいいのかしら」 と、王妃はつぶやきました。
彼女は、すすり泣きを始めました。
「おなげきにならないでください、お妃様」
王妃ははっとしてあたりを見まわしました、他に誰もいないと思っていたからです。それはコンスタンス・ボナシウ夫人でした、彼女は全部話を聞いていたのです。
「恐れることはありません。舞踏会に間に合うようにダイヤを取り戻しましょう」 と、夫人は王妃に言いました。

 コンスタンス・ボナシウ夫人は.自分の夫はこの役を果せないことを知っていました。枢機卿は彼を釈放させ、金をつかませていたのです。彼は今や枢機卿の配下となっていたのです。この役目を果すことのできる者が一人いました──ダルタニアンです。最初に、ボナシウ夫人は彼に秘密を守るよう誓わせると、事の子細を話しました。
「ではすぐにロンドンに向かいましょう」 と、ダルタニアンは答えました。一刻もむだにはできないと思い、ダルタニアンはトレビル様のもとに急ぎました。そして休暇の許可を都合してもらえるかどうかたずねました。
「王妃の密命でロンドンへ行かなければならないのです」 と、彼は説明しました。
トレビル様は闘志に燃える若者を鋭くみつめました。
「じゃまをする者はいそうか」
「知っているなら枢機卿が」 と、ダルタニアンは打ち明けました。
「ならば1人で行かせるわけにはいかん。アトス、ポルトス、 アラミスをいっしょに行かせよう。そうすれば少なくとも1人は確実にロンドンに着くことができよう」 と、トレビル様はこう言いました。
「ありがとうございます」 ダルタニアンは感謝の言葉を述べました。
アトス、ポルトス、アラミスの3人も、ダルタニアンが使命を説明すると彼におとらず闘志を燃やしました。

 4人の冒険者たちは朝(夜中)の2時にパリを発ちました。暗いうち彼らはずっと静かに進みました。我知らずあらゆるところから待ち伏せの者が出てきそうな気がします。日の出とともに彼らの志気も上ります。
朝早くシャンティの町に着き、ここまではすべてが順調でした。彼らは、とある居酒屋に寄って朝食をとりました。朝食後、最初の危険の兆しがみえました。同席した見知らぬ男が、枢機卿の健康を祝して乾杯しようとポルトスにさそいかけてきたのです。ポルトスは、相手が国王の健康のために乾杯するのならよかろうと言いました。すると、その男は枢機卿以外の者には杯をあげぬとわめきました。それから後は激しい言い争いになりました。ポルトスにかたをつけさせることにして、他の3人は先を急ぎました。
数時間進むと、男たちが道を修繕しているところに出会いました。彼らが近づくと男たちはかくしてあった銃を取り出しました。
「待ち伏せだぞ! かかれ!」 と、ダルタニアンは叫びました。
彼らは馬に拍車をかけましたが、アラミスは肩に傷を負ってしまいました。少しばかり行くと、アラミスはもうこれ以上旅を続けられなくなりました。アトスとダルタニアンは、ある村の宿屋で治療してもらうためにアラミスを残していかなければなりませんでした。

 ダルタニアンとアトスだけになりました。彼らは馬に乗って旅を続けました。日が暮れたので、2人はアミアンに宿をとりました。その晩は何事もありませんでしたが、翌朝アトスが勘定を払いにいくと、宿の主人がこれはにせ金だと言って非難しました。すると4人の武装した男たちがかけこんできました。明らかに待ちかまえていたのです。
「ダルタニアン、行け!」 アトスは剣を抜きながら叫びました。
ダルタニアンはすぐに状況を理解しました。彼は全速力で馬を走らせました。そしてとうとう馬が走れなくなったところで、カレーの港に着いたのでした、そこからイギリスに渡る船が出るのです。彼は船つき場に走ります。そこにはみるからに旅疲れのした剣士がいて、船長にイギリスへ行かねばならないと話していました。船長の説明では出帆の用意はできていましたが、枢機卿の命令が出ているのでした。船は、許可なく出帆してはならないとのことでした。
「それはここにある。イギリスへ行ってくれるでしょうな」 剣士は1通の書類を見せながら言いました。
船長は承知しましたが、渡航証に港湾責任者のサインをもらってくる必要があると言いました。ダルタニアンはこれを聞くと急いで立ちさり、木立にかくれてさきほどの剣士が渡航証にサインをもらって戻ってくるのを待ちました。ダルタニアンも枢機郷の渡航許可証がいるのです。当然その剣士は許可証をわたすわけにはいかないと言いますので、ダルタニアンはそれを手に入れるため、一戦交えなくてはなりませんでした。2人はしばらく猛然と戦いましたがついに相手は降参し、貴重な許可証を手わたしました。
息も荒く、ダルタニアンは許可証をポケットにつっこむと、イギリスへ自分を運んでくれる船をさがしにでかけました。

 ダルタニアンが乗った船がやっと港を出ると、すぐに砲声がとどろきました。港が封鎖されたのです。彼はあやうく間に合ったのでした。船が英仏海峡を渡っている間、ダルタニアンは疲れきって、ぐっすり眠りました。翌朝船がドーバーの港に着くとダルタニアンは一所懸命あたりに気をつけました。すぐにダルタニアンはロンドンへと急ぎます。
この若いフランス人、すなわちダルタニアンは英語がわかりませんでしたが、紙にバッキンガム公の名を書いて持っていました。ロンドンでは誰もが公の名を知っていたので、ダルタニアンはほどなくバッキンガム邸へ行く道を教えてもらいました。ダルタニアンの来訪をきいたバッキンガム公は、ただちに彼に会いました。彼はパリの夜道で出会ったことからダルタニアンのことを思い出しました。
ダルタニアンが、王妃の危機を告げると、バッキンガム公は顔をくもらせました。
「ダイヤのかざりボタンをあの方にお返しせねばならない。彼女がこれを私にくださったことがフランス王に知れたらことだ」 と、彼は叫びました。そして首に鎖で下げていた鍵を使って、ダイヤの入っている手箱を開けました。バッキンガム公はダイヤを取り出すと、おどろきの声をあげました。
「2つなくなっている!」

 「なくされたのですか、閣下」 ダルタニアンが心配そうにたずねました。
「盗られたのだ」 公は厳しい口調で言いました。そして、ダルタニアンになくなった2個のダイヤを留めていたリボンが切られている部分を示しました。
「まてよ! 思い出したぞ。私がこれを身につけたのは1回きりだ、ロンドンの舞踏会のときだけだ。ミレディ・ド・ウィンデルがいたぞ。あの女は私のことを嫌っていたはずだが、いつになく愛想がよかった。おかしいと思ったのだ。あいつがダイヤを取ったにちがいない。きっと枢機卿の息がかかっていたのだ」 と、バッキンガム公は言いました。

 公は考えながら行ったり来たりしました。ダルタニアンによれば、舞踏会まであと5日です。もしアンヌ王妃が2つダイヤの足りないかぎりボタンをつけてあらわれたら、国王が怒り狂うのは目にみえています。枢機卿の思うつぼになってしまいます。突然立ち止まると、公はダルタニアンの方へ向きなおりました.
「5日間──それだけあれば十分だ!」 と、公は叫びました。「名案が浮かんだぞ」

 バッキンガム公は秘書官を呼ぶと緊急の布告を出しました。すべての船をフランスへ出航できないようにしたのです、公はミレディ・ド・ウィンデルがまだロンドンにいると考えたからです。バッキンガム公の権力はそれほど強大でしたので、この命令はすんなり実行されたのでした。
そうしておいて、公はおかかえの宝石職人を召し出して、ダイヤのかざりボタンを見せました。これとそっくりなものを作れば、十分に支払おうと公は職人に約束しました。これは2日以内に完成されなくてはなりません、しかも、もとのかざりボタンと区別がつかないようなものでなくてはなりません。宝石職人は承諾し、仕事にとりかかるために急いで立ちさりました。
「我々は負けんぞ、ダルタニアン!」 と、バッキンガム公は声をあげました。
2日後、新しいかざりボタンができてきました。バッキンガム公とダルタニアンは注意深くでき具合を調べました。それらはたいへんよくできていたので、もとのかざりボタンと寸分たがわぬほどでした。これでダルタニアンはフランスへ戻ることができます。
船がドーバーの港を出るとき、ダルタニアンは、出航停止を命ぜられた船のうちの1隻にミレディ・ド・ウィンテルが乗っているのをみかけたような気がしました。彼が乗った船のスピードが非常に速かったのでダルタニアンは彼女が甲板に立っているのをほんの一瞬一般見ただけでした。海峡を渡ってしまうと彼は一目散にパリをめざしました。

 パリは舞踏会の話でもちきりでした、その舞踏会で国王夫妻がダンスの先頭に立つことになっていました。市庁の準備には1週間以上もの期間がかけられました、花や何百本ものろうそくが用意されました。つめかけた群衆の万歳の声にあわせて国王が到着しました。すぐ後から王妃も会場に姿を見せます。枢機卿はカーテンのかけからのぞいていました。彼の口もとには、勝ちほこったような笑みが浮かびました。王妃はダイヤのかざりボタンをつけていなかったのです。彼はさっそくそのことを国王に指摘しました。
「妃よ、なぜダイヤのかぎりボタンをしてこないのかね」 と、国王が迫りました。

 王妃はまわりを見渡して枢機卿がいることに気がつきました。
「この人ごみであれに傷がついてはと思ったからでこぎいますわ、陛下。今から取りにいかせましょう」
王妃が控えの間で侍女たちと持っている間に、枢機卿はミレディー・ド・ウィンデルがバッキンガム公から奪った2個のかぎりボタンが入った小箱を国王に手渡しました。
「この2つのダイヤのかざりボタンの出所をお妃様におたずねになってください」 枢機卿は国王にこうふきこみました。
自分の勝ちだと思っていた枢機卿は、ふたたび王妃があらわれると憤慨しました、王妃は誇らしげにダイヤのかざりボタンを身につけていました。ダイヤもちゃんと12個そろっています。

  「これはどういうことかね」 国王はとまどいながら、枢機卿のわたした2個のダイヤモンドを指してたずねました。枢機郷はとっさにその場をつくろって言いました。

 「お妃様に贈物としてさしあげたいと存じまして。私がじかにさし上げてはおそれ多いのでこのような形をとったわけでこぎいます」
「それはお礼申しあげなければなりませんわ、枢機卿様」 と、王妃は言いました。彼女のほほえみは、枢機卿のたくらみを知っていることを表していました。「この2個のためにあなたは、王がこれ全部に出してくださったのと同じくらいの出費をなさいましたでしょう」
ダルタニアンは王妃が枢機卿をやりこめるところを見ていました。彼は国王、枢機卿、そして王妃御自身以外の広間をうめた人びとのなかで、何が起きているのか知っている、ただ一人の人間でした。
そのあと、王妃はダルタニアンをお召しになりました。そして、感謝の意をこめてダイヤの指輪を与えました。ダルタニアンは指輪をはめると再度舞踏会の喧騒のなかに戻りました。彼はたいへん満足していました。国王とトレビル様に気に入られ、王妃が最も助力を必要としていたときに役に立つことができたのです。とりわけアトス、ポルトス、アラミスという3人の勇士と親しく交わりを結ぶこともできました。いつの日かダルタニアンも、彼らと同じ銃士になることでしょう。


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