レディバードブックス100点セット
 

 

オリバー・ツイスト

 オリバー・ツイストは疲れ果てて、ある家の戸口にすわりこんでしまいました。彼はふるえていました。太陽が町の上にちょうど頭を出したところで、ひと気のない通りには、まだ夜の寒さが残っていました。彼は疲れきっていて動けませんでした。彼は雇い主のソワベリイさんのところを逃げ出してから、70マイルも長くつらい旅を続けてきたので、足は痛く、血も出ていました。彼は体じゅうが痛く、空腹のためやせ細り、青白くなっていました。
それでも、逃げてきてよかったとオリバーは思いました。ソワベリィさんはオリバーをその出どころ.すなわち貧民院にもどすとおどかしていたのです。貧民院は、そこに収容されている者が、ほんのちょっとしたことでも手ひどく罰せられる恐ろしいところでしたし、食べものはいつも十分ではありませんでした。百年くらいかもっと昔には、貧乏人のなかでもとりわけ貧乏な人たちは貧民院で暮していたのです。オリバーは9歳でしたが、貧民院以外のところは知りませんでした、彼はそこで生れ、そこで育てられたものですから。彼のお母さんは彼が生れるとすぐに死んでしまったので、彼はだれが自分の母親なのかさえも知りませんでした。
1、2時間たち、人びとが通りに姿を見せはじめました。彼らは戸口にすわりこんでいる疲れきった少年をちらっと見ましたが、ほとんどみんな目をそらして道を急いでいきました。

 それから突然、オリバーは、だれかが彼をじっとみつめているのに気づきました。わし鼻の下品な顔の少年が彼のすぐ近くに立って、鋭く醜い小さな目で彼をじろじろ見ていました。

 「やあ」 と、少年は快活にオリバーにあいさつしました。「きみはここで何をしているんだい」
「ぼくは空腹で疲れているんです。ぼくは7日間も歩いてきたんです」 と、オリバーはか細い声で答えました。
少年はびっくりしたように口笛を吹きました。「7日間も」 と、彼は叫びました。それから不意に、彼はオリバーを親切そうに見ました.
「きみは食べものがほしいんだろ。心配するな、おごってやるよ」

 少年の言葉は本当でした、そして、オリバーが何日間かの間に初めて口にした食事らしい食事をがつがつ食べ終ると、彼はたずねました。「ロンドンに行くのかい」
「そうです」 と、オリバーは言いました。
「泊まるところはあるのかね」
「いいえ」 と、オリバーは悲しげに言いました。
「それでは、今夜寝るところがほしいだろう」 と、少年は言いました。
オリバーはうなずきました。「ほんとうにほしいです」
「ぼくは、ただできみを泊めてくれるロンドンの立派な老紳士を知っているよ──その人はぼくのことをよく知っているんだ」 少年の言葉は自信にみちているように聞こえました。
眠る場所、それもただでというこの申し出はたいへん魅惑的なものでした、それでオリバーはありがたくそれを受けました。
「名前はなんというの」 と、少年は聞きました。
オリバーは名前を言いました。
「ぼくはジャック・ダーキンスだ──みんなぼくのことをアートフル・ドジャー (ずるいぺてん小僧) と呼んでいるよ」 と、少年は自慢げに言いました。
オリバーは、そのような名前を持っている人が正直者だとは思いませんでしたが、「ぺてん小僧」 が助けてくれたことがたいへんありがたかったので、何も言いませんでした。
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オリバーがまだ知らなかったことは、「ぺてん小僧」 が、すりや泥棒の一味であることでした。彼はまた 「ぺてん小僧」 が言った老紳士は、名前をファギンといい、一味の頭であることも知りませんでした。
ファギンの家はロンドンのたいへん古びた場所にありました。そして 「ぺてん小僧」 とオリバーはそこへ行くために、暗くていやな匂いのする迷路のような道を歩いていかなければなりませんでした。それだけでもオリバーにとってびっくりするようなことでしたが、ファギンに会ったときには、さらにびっくりしました。ファギンはたいへん年とったしわだらけの老人で、いかにも悪人のような顔をしており、赤い髪の毛をもじゃもじゃにしていました。

 「お入り、お入り、坊や」 と、ファギンは 「ぺてん小僧」 が彼を紹介すると、オリバーを迎え入れました。「わしは、おまえに会えてたいへんうれしいよ」
ファギンの声には、オリバーの体じゅうをぞっとさせるようなものがありましたが、老人はたいへん親切そうに見えました。彼はオリバーに食事を与え、そしてオリバーが眠くなると、そこで眠ることのできる古いマットレスのあるところまで案内してくれました。

 その後数日間、ファギンの一味の 「ぺてん小僧」 とその他の若い少年たちは、すりをしに出かけました。彼らは、たくさんのハンカチや文庫本やその他いろいろの物を持ち帰り、オリバーはそれらを仕分けするようにと渡されました。しかし、オリバーは「ぺてん小僧」 とチャーリー・ベイツと呼ばれている若いすりといっしょに、ある日外に出ることを許されるまで、これらの品物が盗品だということを知りませんでした。
少年たちは長い間、あてもなく通りをさまよっているように見えました.
突然 「ぺてん小僧」 は狭い通路で立ち止まり、他の2人を壁のところに連れていきました。
「古本屋にいるあの老人を見ろよ」 と 「ぺてん小僧」 はささやきました。
彼は、道の向う側に立っているたいへん裕福そうな老紳士を指さしました。
その紳士は金の眼鏡をかけ、ベルベットの上着を着ていました。
「あれはいいカモだ」 と 「ぺてん小僧」 はつぶやきました。
「実にいいぞ」 と、チャーリー・ベイツがうなずきました。
2人の少年は、道を横切って、老紳士が選んだ本を立ち読みしているところへそっと近づきました。オリバーがおどろいて見ていると 「ぺてん小僧」 は彼の手を老紳士のポケットに突っこみ、ハンカチを引っぱりだして、それをチャーリーに渡しました。それから、彼ら2人は全速力で走って角を曲がり、見えなくなってしまいました、オリバーは口をぽかんと開けて、そこに立ちつくしていました。

 オリバーは目撃したできことに恐ろしくなりました。それはまぎれもなく盗みで、そして、彼もそれに巻きこまれていたのです。オリバーは全速力で逃げ出しました、しかし遅すぎました。ブラウンローという名前のその老紳士は、ポケットに手を突っこみ、ハンカチがなくなっているのに気づくと、叫びだしました 「止まれ、止まれ、泥棒め」 彼は逃げていくオリバーの後を追いかけはじめました、彼といっしょに追いかける人たちがどんどん増えました。大きな下品な顔つきの男がやがてオリバーをつかまえて、こぶしで彼をひどくなぐりました。オリバーは泥の中に大の字に倒れました。
だれかがおまわりさんを呼び、オリバーは最寄りの警察署に連れていかれました。ブラウンロー氏がついていきました。奇妙なことに、彼はそのできことをくやんでいるように見えました、オリバーは署長のファング氏の前に連れていかれたとき、老紳士はこう言いました。
「この子は泥棒ではありません、私はそう確信しています」 と、ブラウンロー氏は抗議しました。「どうかこの子を親切に扱ってください。その上、この子は病気だと思いますよ」
オリバーはほんとうに具合がよくないように見えました。突然、彼は気を失って床に倒れました。
ちょうどそのとき、初老の男が取り調べ室へかけこんできました。「やめろ。やめろ」 と、彼は叫びました。
「あなたはだれです」 と、ファング氏は不機嫌そうに言いました。
「私は通りで露店の古本屋をやっている者です」 新しく入ってきた男が言いました。「盗んだのは他の少年で、このかわいそうな子どもではありませんよ」 彼はまだ意識を失って床に倒れているオリバーを指さしました。
ファング氏は顔をしかめて、人びとが彼の貴重な時間をつぶしたことをぶつぶつ言いはじめました。もちろん、彼はオリバーに対する告発を却下することしかできませんでした。オリバーは取り調べ室から道に投げ出されましたが、そこでブラウンロー氏がオリバーをみつけました。

 「おやまあ、顔色が真青だ。それにふるえている。熱もあるぞ。どうにかしなければ」 ブラウンロー氏はオリバーを心配そうにみつめながら、そのそばに身をかがめました。「だれかすぐに馬車を呼んでくれ」
つきにオリバーが気がついたときには、彼は静かな薄暗い部屋の中にいました。「ここはどこだろう」 と、彼はつぶやきました。
オリバーの声は弱々しいものでしたが、それを聞きつけた人がいました。
太った母親のようにやさしい顔つきの老婦人がベッドのそばにやってきました。彼女の顔には、やさしい、いとおしそうな表情が浮かんでいました。
「シィー」 彼女はそっと言いました。「今は静かにしていなければなりませんよ、病気がぶり返しますからね」
その人はベドウィン夫人で、ブラウンロー氏の家の家政婦でした。その後数日間、彼女はオリバーの世話をし、彼の要求には何でもこたえてくれました、それでやっと、オリバーも回複しルブラウンロー氏を迎え入れられるほどになりました。
「今はどんな気分だね、坊や」 と、老紳士は彼の様子を聞きました。
「ずっとよくなりました、そしてたいへん幸せです──ご親切を本当にありがたく思っています」
オリバーが話している間、ブラウンロー氏は彼をじっとみつめ続けていました。このかわいそうな放っておかれた浮浪児は、彼にだれかを思い出させるのです、しかし、それはだれなのでしょう。やがて、その答が彼に浮かびました。それは、肖像画でした。ブラウンロー氏は、オリバーのちょうど頭の上の壁にかかっている絵を見上げました。たいへん美しい若い婦人の絵でした。ブラウンロー氏はまたオリバーを見て、びくっとしました。                
「ベドウィンさん」 と、彼はあえぎながら言いました。「あなたにはわからないかね、この少年──彼の目、口もと、表情、顔全体が絵の中の顔にそっくりだ」

 一方、「ぺてん小僧」 とチャーリーは通りでオリバーを見失ってしまったことで、 ファギンからたいへんな目にあっていました。
オリバーを連れずに2人が帰ってくると、ファギンはたいそう怒って2人とも絞め殺してしまうぞとおどしました。オリバーは今や一味のことを知りすぎていて、ファギンは彼が「ばらす」──すなわち、一味を裏切って警察に知らせるのではないかと心配したのです。
「彼をどうしてもみつけなければならない、どうしてもだ」 と、ファギンはどなりました。
「し、しかし、ど、どうやって」 と、チャーリー・ベイツはどもりながら言いました。「ロンドンはとても大きな町ですよ、ファギンさん。どこから始めたらいいでしょう」 
ファギンの怒りは急にしずまりました。ずる賢い光が彼の目に浮かびました。「わしにまかせておけ」 と、彼はチャーリーに言いました。「何か考えるよ」
ファギンはまもなく1つの計画を思いつきました。一味の盗賊の1人にナンシーという少女がいました、ファギンは彼女に、警察署に行ってオリバーについて何かわかるか確かめてこいと命令しました。
最初、ナンシーは断りました、彼女は警察がこわかったからです。けれども、ナンシーはファギンの一味の野蛮な暴漢、ビル・サイクスを警察よりもこわがっていました。

 「いやだというのかい」 と、ビルはナンシーを不機嫌にみつめ、手をあげました。「げんこつで顔をなぐるぞ」 と、彼はおどしました。
ナンシーは今までにもビルに打ちのめされたことがあったのです。「わかったよ。わかったよ」 と、彼女は急いで言いました。「行ってくるよ」
この仕事をやらなければならないのならうまく仕とげた方がいい、とナンシーは考えました。ナンシーは演技の上手な女でした、彼女は警察に着くと、わっと泣きだしました。泣きながら彼女は、愛する弟の行方がわからなくなったとおまわりさんに言いました。もちろん彼女はオリバーのことを言っていたのです。

 「あの子はどこにいるのかしら、あの子はどこに」 と、ナンシーは泣きました。「あの子をみつけなければ、どうしても」
お巡りさんは優しい心を持つ人でした、そして、ナンシーの演技にすっかりだまされてしまいました。そこで彼は、その少年はロンドン北部のペントンヴィルの近くに住む老紳士に連れていかれたと、彼女に話しました。
ナンシーがその知らせを持ってもどってくると、ファギンはペントンヴィルのその家を探してこいと 「ぺてん小僧」 とチャーリー・ベイツといっしょにナンシーをまたすぐに追い出しましだ。
「オリバーはまだ私たちを裏切っていない」 と、ファギンはいらいらしてつぶやきました。「もしやつが裏切ったのなら、ナンシーは警察でそのことがわかっただろう。しかし、やつがしゃべらないうちにみつけなければならない。さもないと、わしたちはみんな破滅だ」

 オリバーはだれが思うよりたやすく、ファギンの手に落ちようとしていました。彼は少しずつ健康を取りもどすにつれて、ブラウンロー氏の家で受けた手厚い看護に報いる何らかの方法を考えつこうとしていました。ある日、オリバーの好機がやってきました、使いの者がブラウンロー氏あての本の包を持ってきたのですが、ブラウンロー氏が本屋に返したいと思っていた何さつかの本を渡さないうちに帰ってしまったのです。
「私にその本を持っていかせてください」 オリバーは頼みました。「10分とはかかりません。ずっと走っていきますから」
オリバーの目は熱心さできらきらしていました。それで、ブラウンロー氏は彼の申し出を断れませんでした。そこで、彼はオリバーに本と本屋で支払うための5ポンドのお礼を渡しました。
オリバーは元気よく出かけました。彼はブラウンロー氏が買ってくれた新しい服を着て、たいへんいい気分でした。
その服は、オリバーが着た初めての新品の服でした、貧民院では人びとが捨てた古着しか着られませんでしたから。彼の前に何人の貧民院の少年がその服を着たのかオリバーにはわかりませんでしたが、ずいぶん多くの少年たちが着たにちがいありませんでした、なぜなら、服はいつもぼろぼろですり切れていましたから。
オリバーはもうすぐ本屋に着くところでした、そのとき突然、若い女の人が行手をさえぎりました。彼女は両手を彼の首にまわして、おどろいたことにこう叫び出しました。「ああ、ありがたい、私は弟をみつけた。行方知れずの弟を。私は弟をみつけたんだ」

 それはナンシーでした。彼女は、ファギンとビル・サイクスが2人で飲みながらしゃべっているのを残して、居酒屋からちょうど出てきたところでした。彼女はオリバーをしっかりとつかまえていました、オリバーは逃げようとして、懸命にもがきました。
「あなたは姉さんじゃない。姉さんなんかじゃない。ぼくには姉さんなんかいない」 オリバーは叫び続けました。
ちょうどそのとき、彼はブラウンロー氏の本が彼の手からひったくられ、後頭部をひどくなぐられたのを感じました。ビル・サイクスが騒ぎと叫び声をきいて居酒屋から出てきて、オリバーがナンシーと争っているのを見たのでした。ビルはまたオリバーをなぐりつけ、彼のえり首をつかみました、それから彼は、この気を失いかけた少年を引きずって、狭い曲がりくねった迷路のような道を歩きはじめました、その行く先はオリバーが貧民院よりさらに恐ろしがっていたところ、すなわちファギンのすみかでした。
「おまえがたいへん元気そうなのでうれしいよ」 と、ファギンはオリバーをふるえあがらせる、あのおどかすような声で言いました。オリバーはまたふるえました。彼はわなにはまったのです。ブラウンロー氏の家の親切な友人たちのことを考えると、オリバーの心はしずみました。彼が帰らなかったら、彼らは彼のことをどう思うでしょう。たぶん彼らは、りっぱな新しい服はもとより、ブラウンロー氏の5ポンドと貴重な本を持ったまま、オリバーが逃げてしまったのだと思うでしょう。
「もしあの人たちがそうおもったら、ぼくにはとてもたえられない」
オリバーは恐ろしく心が乱れ、そう思いました。

 それから数日の間、オリバーは逃げ道を探しました、しかしファギンは彼を1人にしないように、また外に出る機会をもたせないように気をつけていました。それはもちろん、気が狂ったようにオリバーを探し求めているブラウンロー氏に、彼をみつける機会がないということになるのでした。
ブラウンロー氏は彼を探しに召使たちを通りによこし、あらゆる人に、彼に会わなかったかどうかたずねました。老紳士は、オリバーについての情報に対して資金を出すと、新聞広告までのせました。しかし、彼の努力はすべてむなしかったのです。だれもオリバーがどこにいるのか知りませんでした。ブラウンロー氏に関するかぎり、少年は消え去ってしまいました。

 一方、ファギンはオリバーを犯罪者に仕立てあげようとしていました。
彼は、泥棒をすることはなんとおもしろいことかとか、彼が熱心にそれをやればどんな財産でもものにできるのだとか言って、オリバーをその気にさせようとしていたのです。「ぺてん小僧」 はたいへん利口な泥棒なので、えらい男だと、ファギンは言いました。
オリバーは彼の言葉をひとつも信じませんでした。しかし、ファギンにそれを悟らせませんでした。
とうとう、ファギンはオリバーを信用して、彼の犯罪を手伝わせようと決めました。「おまえをビル・サイクスのもとへやろう」 ある日、ファギンはオリバーに言いました。「おまえのためにちょっとしたいい仕事があるのだ、ヒッヒッヒッ」ファギンは、オリバーをぞっとさせる例の邪悪な言い方で言いました。

 ナンシーがオリバーを引き取りにきて、ビル・サイクスのところへ連れていきました。オリバーは、彼女が落ち着きを失っているのに気づきました。それにはちゃんと理由があったのです。ナンシーは、乱暴なふるまいや、辛らつな言葉使いにもかかわらず、やさしい心の持主でした。
彼女はオリバーをたいへん好きになっていました、だから、彼が傷ついたり、危険な目に会ったりするのを見るのがとてもいやでした。そして、今やオリバーはたいへんな危機の中にいました、ファギンとビル・サイクスが大きな強盗仕事の手助けに彼を使おうとたくらんでいたのです。
オリバーはビルの家に着いて、この仕事のことを知りました。
「おまえ、これがなんだか知っているかい」 と、ビルは自分の前のテーブルの上にある小さなピストルを指さしながら、オリバーにたずねました。
オリバーはぐっとつばを飲みこんでうなずきました。ビルはピストルを取り上げ、それに弾丸をつめて、オリバーの頭に銃身を当てました。それは冷たく、固いものでした。
「おれたちは出かけるぞ、おまえとおれとでだ」 と、サイクスはうなるように言いました。「もしも、おまえがだれかに一言でもしゃべったら、おまえの頭をうちとばすぞ」
それは、オリバーがたやすく忘れることができるようなおどしではありませんでした。ビルはとても乱暴で、言ったことはそのとおりにやる男でした。
ビル・サイクスといっしょのオリバーの旅は、長い旅でした。彼らはロンドンから少し離れた、ある川の堤のそばのしめっぽい荒れ果てた家に着きました。そこにはサイクスの仲間が2人、彼を持っていました。ピストルやかなてこやその他の道具を集めると、彼らは真暗な霧の夜の中へと出発しました。

 オリバーは今や、自分が恐ろしい犯罪に巻きこまれているのを悟りました、そしてサイクスに放してくれと頼みました。
「ぼくは二度とロンドンへは行きません、決して行きません。ぼくのうわさを聞くこともないでしょう、約束します」 と、オリバーは泣きながら言いました。「お願いです、サイクス、 どうか……」
それは無駄でした。ビルはオリバーにさせる仕事があったのです、そして必ず、それをさせるつもりでした。彼らは強盗にはいろうとしている家に着きました、ビルはかなてこを使って小さな窓をこじ開けました。
「おまえはそこから入るのだ」 と、彼はオリバーに言いました。彼は窓を指さしました、それはたいへん小さくて、オリバーくらいの大きさの子どもしか通り抜けられませんでした「中に入ったら」 ビルは続けました 「玄関のドアに行き、それを開けておれたちが入れるようにするのだ。おれはずっとこのピストルでおまえを狙っているぞ、だからおかしなまねはするんじゃないぞ──そうしないと撃ち殺してしまうからな」
このようなおどしにもかかわらず、オリバーは家の中の人たちに警告しようと心に決めていました。窓から入ると、彼は2階の家族の部屋に向かって突進しました、しかし、ビルが見ていました。彼はわめきました 「もどってこい、もどってこい、このろくでなし」

 突然、別の叫び声がしました──こんどは2階からでした。2人の男が階段の上に現れました。1人はカンテラを持ち、もう1人はピストルを持っていました。オリバーめがけて彼がピストルを撃つのが聞こえました、すると、オリバーの腕に鋭く熱い痛みが走りました。いやな匂いのする煙が彼のまわりに立ちこめました。すさまじい音がし、ピストルがもう1発撃たれ、ベルの音が大きく鳴りました。すると、オリバーは自分がかかえ上げられ、外に引きずり出されるのを感じました。
強盗は失敗でした。家の中の2人の男は警戒の声をあげました、それで、ビル・サイクスとその仲間は、オリバーを連れて逃げるほかありませんでした。

 彼らが走っている間も、彼らを追跡している人びとの叫びが聞こえてきました、彼らの連れた犬もワンワン吠えていました。オリバーは何が起っているのかほとんど気づきませんでした。彼は気が遠くなりそうで、腕の傷もひどく痛みました。そのうち目の前が暗くなり、彼は気を失ってしまいました.
オリバーが目を覚すと、彼はみぞの中に横になっていました、ビル・サイクスが彼をそこに置き去りにしたのでした。ビルとその仲間はどこにも見当りませんでした、彼らはどうにか追手を逃れて、できるかぎりの速さでロンドンに急いだのです。オリバーは体に力が入りませんでした、そしてビルが腕に巻いてくれた肩掛けは血に染まっていました。

 たいへんな努力を払って、オリバーはやっとのことで起きあがり、道までよろめき出ました。少し進むと、1軒の家がありました。彼は、それが前夜強盗に入ろうとしたまさにその家だと知って、一瞬恐怖におそわれました。オリバーは逃げたかったのですが、道を入り、玄関までよろめき歩いていくことしかできませんでした。
中では、台所で召使たちが物音を聞きつけました。玄関の戸を開けたとき、召使のひとり、ガイルズには、オリバーが前夜彼が撃った強盗だとわかりました。
「強盗がここにいるぞ、おれはやつを撃ったのだ」 と、ガイルスは勝ち誇ったように言いました。
「ガイルズ」 と、やさしい声が階段の上から小さく問えました。「しっ、叔母さまをびっくりさせるじゃないの」
それは、愛らしい頭をし、温かい濃い青色の目の、とてもほっそりした若い娘でした。彼女はゆっくりと階段を下りてきて、ガリバーをみつめました、彼は家の中まで運ばれてきていて、広間の床の上に横になっていました。
「まあ、かわいそうな子ども」 と、娘は叫びました。「この子を2階に運びなさい、ガイルズ、こんどはやさしくね、気をつけて」
ガイルズは命令に従いました。ローズという名前のこの若い娘は、医者を連れてくるようにと命令しました。ピストルの弾丸がオリバーの腕を砕いているのを医者は発見しました。重傷ではありませんでしたが、腕の傷が治ってオリバーがまた丈夫になるまでには、だいぶ長くかかりました。

 ローズ、彼女の叔母のメイリー夫人、医者のロスバーン、さらにガイルズまでも、その家の人はだれもオリバーにたいへん親切で、やさしくしてくれました。それは、まるでブラウンロー氏の家にいるようでした。オリバーは彼の幸運にとても感謝しました、しかし、それでも、オリバーは何よりロンドンにもどって、ブラウンロー氏をみつけたいと思っていました。
ロスバーン博士はオリバーに彼の馬車でロンドンへ連れていってあげようと申し出ました。彼らがブラウンロー氏が住んでいた場所に着くと、彼はオリバーにたずねました。「どの家がそうなのかね。指さしてこらん」
オリバーはすぐにその家をみつけました。「あの家です。あそこの。白い家です」 と、彼は興奮して叫びました。

 しかし、オリバーの興奮はすぐにしぼんでしまいました。彼が窓からのぞきこむと、家はすっかり閉ざされ、部屋はがらんとしているのがわかりました。外に札がはってあって、それには 「貸家」 と書かれていました。ロスバーン博士は御者を隣の家にやって、ブラウンロー氏の消息をたずねさせました、しかし彼は悲しい知らせを持ってもどってきました。ブラウンロー氏は6週間ほど前に、大西洋のはるかかなたの西インド諸島に行ってしまったらしいのです。
オリバーはわっと泣き出しました。それはあまりにもつらいことでした。ブラウンロー氏はオリバーのことをぺてん師で不正直な人でなしだと思いながら、ここを去ったのに違いありません。そして今となっては、彼は真実を知ることがたぶんないでしょう。

 ロスバーン博士が田舎の友人たちのところへオリバーを連れて帰った後も長い間、オリバーは意気消沈していました。彼はそのときには、彼の捜査がいつの日か幸せな結末を迎えるとは想像できませんでした、しかし、そうなったのです。3か月後のある日、ロスバーン博士はオリバーをふたたびロンドンへ連れていきました、ローズ・メイリーもいっしょでした。
オリバーたちは、ブラウンロー氏がロンドンにもどってきていて、オリバーについてとても知りたがっていることを知って、たいへん喜びました。
老紳士はたいへん温かくオリバーを迎えました。家政婦のべドウィンさんは彼をだきしめ、キスし、また、だきしめました。
「私には、この子がもどってくるとわかっていたわ、わかっていたのよ」
と、彼女はうれしそうに叫びました。
すべてのあいさつがすんで、オリバーが熱心に自分の冒険談をべドウィンさんに話していると、ローズがブラウンロー氏に奇妙な要求をしました。
彼女は彼と2人きりで会いたいというのです、というのは、彼に打ち明けたい秘密があったのです。たいへん重大なことのようでしたので、ブラウンロー氏はローズを静かな部屋に連れていきました、そこで彼女はたいへん不思議な話をしました。

 一両日前に、ナンシーというみすぼらしい女の子が、ロンドンの彼女のホテルに訪ねてきました、ナンシーはローズに、モンクスという名の男の話をしました、数日前、彼がファギンを訪ねてきて、そのときナンシーもそこに居合せたということでした。
ファギンとモンクスはお互いによく知っていました、彼らはローズがメイリー夫人と住んでいる家に強盗に入ろうとたくらんだのですから。ファギンは客を別の部屋に連れていきました、ナンシーはドアごしに、モンクスがオリバーのことを話しているのを立ち聞きしました。モンクスが言うには、オリバーは彼の弟でした、そして彼はオリバーの財産を手に入れるために、彼を殺す手はずを整えてくれとファギンに頼んでいました。
「私はモンクスがあなたの名前を言うのを聞きました、お嬢さん」 と、ナンシーは説明しました。「それからあなたがロンドンのどこにいるのかも。
それで私はあなたの居場所がわかったのです」 それから、ナンシーは悲しそうに泣き出しました。「どうぞお願いです、お嬢さん、かわいいオリバーに害がないようにしてください。彼を救うことができれば、私は命もいりません、死んでもいいのです」
「しかし、私に何ができるのでしょう」 と、ロ一ズは言いました。「どうしたらこの恐ろしいモンクスをみつけることができるのでしょう」
「私がお助けできますよ」 と、ナンシーは言いました。「もしあなたを助け、守ってくれる紳士をみつけてくだされば、 モンクスがどこでみつかるかお教えします」
「しかし、どこでお会いできますか」 と、ローズは聞きました。
「ロンドン橋の上で。日曜日には夜11時から真夜中までの間、私はそこにいます」 と、ナンシーは約束しました。

 ブラウンロー氏はローズの話におどろき、また、興味をそそられました。
「これには何か秘密がある」 と、彼はつぶやきました。「私たちがこの悪漢モンクスをつかまえることができなければ、この事件をすっかり解明することはできない。ナンシーが手引をしてくれると言うんだね」 「そうです」 と、ローズは答えました。
ブラウンロー氏は、あごをピタピタとたたきながら考えこみました。
「このナンシーという少女は、オリバーのためにたいへんな危険をおかそうとしている。彼女は実に勇敢だ」 と、最後に彼はつぶやきました。
「彼女の仲間の泥棒や犯罪者たちは、彼女がなにをしたかを知ったら、間違いなく彼女を殺すだろう」
ブラウンロー氏はため息をつきました。「しかし私たちはこのチャンスを逃すことはできない。結局、オリバーの運命も彼の生命も危ないのだ。いや、私たちはこの少女に会って、彼女からできるかぎりのことを教えてもらわなければならない」
ナンシーは、最初の日曜の夜にはロンドン橋に行けませんでした、ビルがたいへん機嫌が悪くて、ナンシーに、もし家を出たらなぐるぞとおどかしたからです。
ファギンはそのときそこにいて、ナンシーの態度や行動にどこかとてもおかしいところがあると思いました。なぜ彼女は外に出たがったのだろうかと。

 ファギンは知りたいと思いました。彼は次の日曜日の夜に、ナンシーの後をつけて、彼女がどこに行ってだれと会うのかを確かめてこいと、手下の少年の1人を送り出すことにしました。
その少年スパイはファギンの指示を忠実に実行しました。彼は、真夜中すぎにナンシーがローズとブラウンロー氏とロンドン橋の上で会うのを見ました。見られもせず、物音を聞かれもせずに、スパイは近くに忍び寄り、ナンシーが背の高いやせたモンクスのことや、彼がよく行く居酒屋のことや、何時ごろ彼がそこに行くのかなどを説明するのを聞きました。
「すぐに彼を見わけられます」 と、ナンシーは言いました。「のどにあざがあります、大きな赤い……」
「赤いあざだって」 ブラウンロー氏が口をさしはさみました。「火傷のようなあざなのかね」
ローズとナンシーは、おどろきのまなざしを交しました。

 「ええ、そうです」 と、ナンシーは答えました。「彼をご存じなのですか」
ブラウンロー氏はうなずきました。顔にはきびしい表情が浮かびました。
「ああ、知っていると思うよ」 と、彼はつぶやきました。
ブラウンロー氏はぐずぐずしてはいませんでした。その翌日、彼は男の召使を2人連れて、モンクスを探しに出かけました。ナンシーが言っていた居酒屋のすぐ近くで、彼らはめざす相手をみつけました。何が起ったのかモンクスがまだわからないうちに、彼は男の召使につかまえられて、貸馬車にほうりこまれ、ブラウンロー氏の家へと、すぐさま連れていかれました。

 そこで、モンクスは裏の部屋に連れていかれました。
「外に出て、ドアに鍵をかけなさい」 ブラウンロー氏は男の召使に言いました。「モンクス氏と私と、2人きりで話があるのだ」
2人の召使は不安そうでした、モンクスが危険な人物と思えたからです。
それでも、彼らは命令に従いました。
彼らが行ってしまうと、ブラウンロー氏はしばらくの間、悲しいまなざしでモンクスをみつめました。
「私はこれが例の男だと思う。彼は私の親友の息子だ」 ブラウンロー氏は考えました。「かわいそうなナンシーは、うまく彼の特徴を述べてくれたものだ……」 次に、ブラウンロー氏は声を出して言いました。「君の名前はモンクスではないね。エドワード・リーフォードだろう」
モンクスはおどろきの表情を見せました。「どうしてそれを知っている」
と、彼は疑わしそうに、うなるような声で言いました。
ブラウンロー氏はため息をつきました。「彼は君のお父さんのエドウィン・リーフオードと、その妹を知っているのだよ。彼女はずっと昔、彼女と私が結婚するはずだったまさにその日に死んでしまったが」
彼の若くて死んだ花嫁になるはずだった女性を思い出して、ブラウンロー氏の顔に苦痛のかげが浮かびました。彼は長い長い間、彼女のことをだれにも話したことがありませんでした。「君のお父さんとお母さんがお互いに不幸だったことを私は知っている」 彼は続けました 「さらに、君がまだほんの子どもだったこうに別れたことを私は知っている。そして……」
ブラウンロー氏はちょっと言葉を切りました「T君に弟がいることも知っているよ」
モンクスは目を細めました。「私には弟はないよ。私は1人っ子だった」
「そうだ、君のお父さんの結婚では1人っ子だ」 と、ブラウンロー氏は言いました。「しかし君の両親が別れてから、君のお父さんはアグネス・フレミングという美しい若い女性と恋に落ちたのだ。かわいそうにアグネスは子どもを産むと死んでしまった。その子は男の子で、ありがたいことに、後になって偶然私のところに来た。私はアグネスの顔を知っているのだよ、君のお父さんが彼女の肖像画をくれたからね、そして私のところにいる少年は彼女そっくりなのだ」

 このときまでに、モンクスはブラウンロー氏の打ち明け話にすっかり動転していました。しかし、老紳士の話はまだ終りではありませんでした。
彼はオリバー・ツイストが本屋へ行く途中で消えてしまった次第と、彼がオリバーをくまなく探し求めたが、うまくいかなかったことを話しました。
「私は、君がこの不思議な事件を解決できる人なのだということを知っていたんだ」 と、ブラウンロー氏はモンクスに言いました。「私は君の犯罪的な生活についても、また、君が西インド諸島に逃亡したことも知っていた。だから、私は君をそこまで追いかけていったんだ」
西インド諸島までの長い航海も無駄に終りました。ブラウンロー氏がそこに着いたときには、モンクスはすでにイギリスにもどってしまっていたのです。ブラウンロー氏は、また長い航海をして故国へもどり、何週間もの間、モンクスをかけまわって探したのでした。しかし、ナンシーが彼のことを話すまで、老紳士にはどこでモンクスをみつけることができるかの手がかりがまったくなかったのです。
「君はまった悪い子どもだった。そして君は今でも昔のように悪漢で、強盗でもある」 ブラウンロー氏はモンクスをなじりました。「君は小さいオリバーを殺させようとしたね、お父さんの財産を1人じめにするために」

 「あなたには何も証拠がない」 と、モンクスは真青になってどなりました。
「私は証明できるよ」 ブラウンロー氏は逆襲しました。「私はファギンについて知っているし、君たちがいっしょにたくらんだ企てのことも知っているのだ……」
「ファ、ファギン」 と、モンクスはどもりました。「私はそんな男は知らないよ」
「それでは、警察官を呼んで、彼らの前で君にそれを否認してもらおうか」
モンクスはそれを聞いておびえたようでいた。「いや、いや、そうしないでくれ……警察の手に落ちたらおしまいだ……彼らは……私を絞首刑にするだろう」
ブラウンロー氏は満足して、ほっと息をつきました。「ああ、それでは、私が要求するとおりにするね」 と、彼は叫びました。「君はオリバーに彼の正当な遺産──すなわち、君のお父さんの財産のうちの彼の取り分を与えるという文書に署名しなければならない」
モンクスはまったくみじめな様子でした。彼は警察署の独房や法廷や、もし彼が断れば、疑いなく彼の首にまきつけられる刑執行人のロープのことを考えました。
「わかった」 と、彼は怒ってつぶやきました。「オリバーに遺産をやるよ──約束する」
オリバーを愛し、彼のために大きな危険をおかした、かわいそうなナンシーがオリバーの幸運のことを知ったならば、どんなに喜んだことでしょう。しかし、悲しいことにナンシーは自分のとった行動に対して高い代価を支払ったのでした。若いスパイがファギンに、ナンシーがロンドン橋の上でローズとブラウンロー氏に会ったことを告げると、ファギンはひどく怒りました。彼はビル・サイクスを呼んできて、彼に一部始終を話しました。いつも野獣のような男であるビルは、ピストルをとって、ナンシーを撃ち殺したのです。

 ブラウンロー氏とモンクスが話しているとき、警察がナンシーを殺した犯人を追っていました。まさにその夜、彼らはビル・サイクスをその隠れ家に追いつめました。ろうぱいしてビルは、地上におりて逃げようと、ロープを持って屋根によじ登りました。しかル、彼は足をふみはずしてしまいました、落ちるときにロープが首に巻きつきました。ロープがしまり、ビルは息がつまって死んでしまいました。
同じ日に、ブラウンロー氏の情報に基づいて行動を起した警察が、ファギンをその手下の泥棒少年たちといっしょに逮捕しました。裁判でファギンはその犯したすべての罪のため死刑を宣告されました。彼は後日、絞首台でその不面目な一生を終えました。
オリバー・ツイストはどうかというと、ブラウンロー氏は彼を養子にしました。彼はオリバーを田舎に連れていき、家政婦のべドウィン夫人といっしょに暮しました。オリバーはそこでたいへん幸せでした、美しい野原や花や木のある新鮮な緑の田園がたいへん気に入ったからです。
かつてオリバーは、ただ1つの家が貧民院だった、あわれな虐待される孤児でした。今や、彼の将来は明るく、生活は彼に多くの幸せをもたらせてくれました。彼は父が彼のために残してくれた遺産を持っていました。何よりうれしいことは、今やファギンが死に、彼の一味の泥棒や殺人者も散り散りばらばらになってしまったので、オリバーはもう、彼らを恐れる必要がなかったのです。


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